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神様やめたい ! 〜万バズから始まるJK三人組の異世界勘違い神話  作者: タキ マサト
第六章 三女神、覚醒

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54話 霧の中の悪夢


 音が消えていた。

 (かい)が水を切る音さえ、霧に吸い込まれ遠ざかる。


 船乗りたちの掛け声も、次第に小さくなっていく。

 前を行く平底船(ひらぞこぶね)の姿が、霧の中に消えた。


「……ねえ、大丈夫なの?」

「女神さまがたは、何がありましても、我らビャッコの巫女がお守りいたしまする……」


 私たちは船首に向かった。

 ミヤビと巫女たちが囲むようについてくる。


 太いマストにかかる四角い帆は今は畳まれている。

 その下に天幕、ハンモックが複数張られ船員の居住スペースになっていた。


 左右に()ぎ座が七つ。今も船乗りが櫂を漕いでいる。


「マカーベたちの船は、大丈夫なの?」


 千尋が船首にいる船長に聞いた。

 地図が書いてある板を懐から取り出す。


 乗組員が手に持つカンテラの窓を開け閉めしていた。

『……おかしい。灯りの合図がない』

 アベーノが訳した。

 

「はぐれた?」

「きゃっ!」 

 そのとき船が何かにぶつかったように揺れた。

「怖いよ……私、泳げない……」

 千尋の顔が青ざめていく。


「マジか……沈まないよね?」

『水深が浅くなってきている……二十年前のイシカーワの記録では、まだ大丈夫なはず』「と言っておりまする」

 船首の縁にいた見張りが、色分けがついた棒を川の中に差し込んで水深を確認している。


 霧で対岸は見えない。

 こんなところで立ち往生してしまったら…

 もし、沈没したら……


 それで、ヒュドラが出て来たら……


——ここで終わる。


「グルルル……」

 スザクが唸り出した。


『面舵いっぱーい!!』

 船長が叫んだ。

『ヨーソロッ!!』

 その声に、船尾の操舵手が大声で答えた。


 渾身の力で櫓を押し込む操舵手の姿を祈るような気持ちで見つめた。


 漕ぎ手の掛け声が大きくなり、わずかに速度が上がる。

 平底船の船首が霧を切り裂き、右へ回頭を始めた。


「きえええええっ!!!」


 奇声が霧の中を切り裂いた。


 その瞬間だった。

 前方、霧の中から平底船の船首が姿を現した。

 船首に叫び声を上げ続けるイシカーワの姿が見えた。

 その顔は恐怖に引きつっていた。


「ぶつかるッ!!」


 二隻はぎりぎりのところで交差する。

 大きく船が揺れて、千尋が倒れ込んできた。

 その目が大きく見開かれた。


「マカーベくん!!」

 千尋が叫んだ。

 船尾で長剣を構えたマカーベは、霧の中に消えていく。


 前方から、悲鳴が聞こえた。


『わー!! た、助け……』


 悲鳴は途中で水に飲み込まれた。

 ばきばきと木が割れる音、そして大波。


「二番船が、沈む……」


 霧の中、前を行く二番船の影が立ち上がるのが見えた。

 ミヤビが薙刀を構えてつぶやいた。

 後ろに巫女が臨戦体制を整えた。


「な、なに……?」


 霧の中で水柱が立ち上った。

 黒い影が朧げに浮かぶ。


 水面が盛り上がる。


——何かが来る。


 盛り上がった水が、さらに膨れた。


「ヒュドラ……?」


 私たちは霧の向こうを見上げた。


「……いきなり」

「嘘……」


 巨大な大蛇のような影が、霧の中に立ち上った。

 うねうねとそれは動いている。


『全速ッ!! 後退ッ!!』

『ヨーソロ!!!』


 漕ぎ手は必死に櫂を漕ぐ。


 霧の向こうで、助けを求める悲鳴が消えた。

 どぷりと何かが水底に引き摺り込まれるような、重たい音。


「二番船……沈んだの……?」


 千尋の声は震えていた。

 私も返事が出来なかった。

 喉がひゅっと細くなる。


 霧の中で、また水柱が上がった。

 その度に船が揺れ、甲板にしぶきが降り注ぐ。


「巫女衆、構えよ!!」


 ミヤビの声も霧に吸い込まれた。

 巫女たちが薙刀を構え、舟縁(ふなべり)に並んだ。


 スザクが低く唸り、毛を逆立てる。

 その目は霧の奥をじっと見据えていた。


「……来る!」


 柚月がつぶやいた瞬間だった。


 霧の壁が、ゆっくりと裂けた。

 まるで巨大な何かが、霧そのものを押し除けているようだった。


「……ひっ!」


 千尋が私の腕を掴んだ。


 その霧を裂いて、黒い影がぬるりと姿を現した。


「……ヒュドラ」


 最初に見えたのは、目だった。

 赤黒く濁った、巨大な目。


 その横に、もう一つ。

 さらにもう一つ。


『全速!! 離れろ!!』


 船長が叫び、漕ぎ手たちが必死に櫂を押し返す。

 だが、平底船は重く、霧の中で方向感覚も狂っている。


 ヒュドラの一つの首が、こちらに向かって伸びた。

 水面を滑るように、音もなく。


「来る!」


 柚月が叫び、スザクが船縁に飛び乗った。


「バウバウバウッ!!」

 目の前が炎に包まれる。


 スザクの口からほとばしる炎が、霧を赤く染めた。

 

 だが——


 ヒュドラの首は炎を避け、別の口が横から太い首を振り回す。

 巫女たちが甲板を転がり、船が大きく揺れた。


「伏せろ!!」


 ミヤビが私たちを押し倒す。

 私の目の前で、ヒュドラが大口を開けた。


「……!!」


 恐怖で声すら出ない。

 目を閉じた時、風を感じた。


 ぶしゅっと何かを切り裂く音。

 船が大波を乗り越え、水飛沫が降り注ぐ。


——温かい……?

 

 目を開けると、半ば切断されたヒュドラの太い首が見えた。

 折れ曲がった首が頭をもたげ、さらに切断面から肉が波打ち始めた。


 私は見た。

 その切断面から、新しい首が生えてくるのを。


——これ、血……?


 はっと、手にかかった赤い液体を見た。


「マカーベくん!!」


 千尋の絶叫が響いた。

 次の瞬間、目の前に長剣を振るうマカーベの背中があった。


 揺れる船の前で、残りの首がこちらを向いた。


「バウバウ!!」


 再びスザクが吠え、霧をかき消すように炎を吐いた。

 ヒュドラが一瞬たじろいだように動きが止まる。


 炎が、川面を赤く照らす。

 気づいたときには、一番船がすぐ横に来ていた。


()えっ!!』


 掛け声とともに、一番船から弓弦(ゆづる)の音が響いた。

 モノノフたちの矢がヒュドラの頭に突き刺さっていく。


「バウバウバウッ!!」


 再びスザクの劫火が放たれ、ヒュドラの頭を正面から焼いた。


『放てぇ!!』


 その炎目掛けて、さらに矢が雨のように降り注いだ。

 肉に矢が突き立つ音が響いた。


「フシューッ!!」


 ヒュドラは怒りの唸り声を上げると、再び覆った霧の中に消えていった。


「……マジ……か」


 私はぺたんと床にへたり込んだ。


——無理無理無理!! こんなの無理!


 帰りたい……もう……


 柚月も千尋も腰が抜けたように座り込んでいる。

 スザクが二人の間をいったりきたりしていた。


「行ったの……?」

「まだ、いる……」


 前方でヒュドラが何かを咀嚼するような音がかすかに聞こえる。

 その音も霧の中に消えていった。


 やがて水面は静まり帰っていく。


『全速ッ……後退ッ!』


 船長が短く叫び、平底船は後退していく。

 一番船も後に続いた。

 船乗りが必死に櫂を漕ぐ息遣いだけが聞こえる。


 マカーベは長剣を手にしたまま、船首で水面を睨みつけるように立っている。

 甲板にはヒュドラの血がまだ滴っていた。


 そのとき、ちゃぽんちゃぽんと音が響いた。


 霧の向こうに、ぼんやりと灯りが揺れた。

 小さな船の影。

 船に人影が立っているのが見えた。


「……立ち去れ……戻れ」


 その声は、日本語だった。



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