50話 われても末に——
剣から、白い光が溢れていた。
私は剣の柄を握りしめていた。
「日向ッ! 日向ッ!」
千尋が私の肩を揺さぶった。
「千尋……?」
目の焦点が合ってくる。
「日向、すごいよ……草薙剣を論破して屈服させるなんて……」
そうだ、暗闇の中にいて、それで……
「見てた?」
「うん。真っ暗の中、日向と剣が話してたのが聞こえてた」
「マジか……変なこと言ってなかった?」
「ううん。私だったら、とても無理」
二人で輝く草薙剣を見つめた。
「「ヴェエエエエ!!」」
キマイラの絶叫が響いてきた。
「やば、早く抜かないと」
千尋と目が合う。
お互いに、うなずき合う。
同時に力を込めて草薙剣を引き抜く。
「きゃあ!」
すぽんと抜けて二人で尻餅をついた。
「ちょっと、重いんですけど……」
「あんなに、簡単に抜けたのに……」
草薙剣が床に地響きを立てて転がった。
抜けると同時に光が消えていた。
持ち上げようとするが、剣先が浮かない。
「ちょ、千尋、手伝って」
支えてないとまた倒れてしまいそうだった。
「なに、こいつの嫌がらせなの?」
「違うと思う。単純に重いだけ……」
千尋が剣の柄を反対側から掴む。
「……裏切りの女神って、すごいね」
「これで、ぶった斬ったの……!?」
二人で剣先を引きずりながら、部屋を出ていった。
「もしかして、光が消えたから、重くなった……?」
「そうか! やっぱり嫌がらせか! こら、光れ!」
「……ちょっと、日向……」
「光らないんですけど……」
「仮にも、神様が宿ってる剣なんだから……」
「つうか、神様ってなによ?」
「……」
「神様、いすぎ問題」
「……」
「だって、そうでしょ? 神獣だって、スミレさんだって、この剣だって」
このときの私の発言が後から思い起こすと、ものすごい伏線だったと後で千尋から聞かされた。
「……」
千尋は何か考え込んでいた。
何かに気がついたように、その顔が上がった。
「ちょ、ちょっと、日向?」
「な、なに?」
千尋の視線の先を見て、私は息を飲んだ。
いつの間にか、部屋を区切っていた簾はなくなっていた。
そして、目の前に大蛇が口を開けていた。
「きゃ……」
その瞬間、草薙剣が再び閃光を放った。
「シャアアア……」
その光に、蛇の目が閉じた。
「軽くなった……」
「千尋、いくよ」
二人で草薙剣を持ち上げる。
軽くはなったけど、普通の女子高生が一人で振り回せる代物じゃない。
「よいしょ!」
二人で頭上高く持ち上げた。
腕がぷるぷるしてくる。
千尋の荒い息遣いを感じる。
持ち上げていると、その剣の柄を通じてこの剣の『悲しみ』が流れ込んできた。
亡霊たちのこの剣に縛られた、声なき声。
何百年もの間、この剣に関わった人々の悲劇が、脳裏を駆け巡った。
——これ、裏切りの女神……?
ピーコさん……も?
そうか、好きで祟ってるわけじゃないんだ……
みんな帰りたくて、帰れなくて、それでこの剣に引き寄せられるんだ。
——だけど!
私は、絶対に帰る!
みんなのその辛い想い……
「私がまとめて、ぶった斬ってやる!」
その思いに応えるように、光が強くなった。
剣がまた少し軽くなる。
白光は、入り口まで照らし出していく。
誰もが私たちを見ていた。
その顔に驚愕の表情が浮かんだ。
マカーベ、フォーゲル、そしてアベーノたち神官の顔も神殿の入り口に見えた。
——あのバカ、待っててって言ったのに。
そして——
ミヤビの膝が崩れた。
「草薙剣……」
そうミヤビの口が動いた。
蛇が危険を察知したかのように一瞬で引き上げる。
「「ヴェエエエエ!!」」
そして、キマイラの顔がこちらを向いた。
体ごと向き直り、山羊の横長の瞳が私たちを捉えた。
「千尋ッ! 日向ッ! そっち行くよ! 気をつけてッ!」
柚月の声が飛んだ。
白光の中に、白い虎の影が浮かび上がった。
「神獣白虎!! 頼む!!」
柚月の声に応えるように、白い風がキマイラに渦を巻いた。
旋風が、キマイラを切り裂いていく。
傷だらけで血まみれの、その虎の口が大きく開いた。
その目は、両方とも潰されているようだった。
「「「ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」」」
今までにない山羊の咆哮だった。
神殿そのものが揺れた。
立っていられないほどの揺れが私たちを襲う。
「千尋ッ!! しっかり踏ん張って!!」
今、千尋が倒れたら、剣ごと一緒に潰されてしまう。
そのとき——
白い風が私の周りで渦巻いた。
「日向ッ!! 白虎の風!!」
柚月の声が響く。
「日向! 今なら切れる!」
倒れそうになった千尋を、風が受け止める。
虎の口から炎が溢れてくる。
一気に神殿内の気温が上がり始める。
「「「グゥアアアアアアアアッ!!!」」」
虎の咆哮とともに炎の塊が押し寄せた。
考えている暇はなかった。
逃げることもできない。
だけど、私のゲーム脳がまたささやいた。
この草薙剣を炎に振りおろせれば、なんとかなる!
「行くよ!!」
「分かった!」
二人で呼吸を合わせる。
「「せえのっ!!」」
私たちは二人で草薙剣を振り下ろした。
それは、神獣白虎の風と呼応した。
迫り来る炎を、その風が受け止める。
草薙剣が途中で止まる。
炎と風がぶつかり、私の髪が逆立った。
「まだまだあーッ!!」
私はさらに剣を持つ手に力を込める。
千尋も踏ん張っていた。
草薙剣の光が、神殿を昼のように照らした。
その瞬間、剣から何かの記憶が流れ込んできた。
陽を遮る巨大な影。
八つの首を持つ竜。
その尾から生まれた、怪物を斬るための剣。
そして、亡霊の影が一瞬にして消え去った。
草薙剣が喜んでいる気がした。
「「いっけええ!!」」
私たちは渾身の力で光る剣を振り下ろした。
剣先が空気を裂いた瞬間、凄まじい暴風が生まれた。
白虎の風と草薙剣が呼応し、竜巻となってキマイラの炎と激突する。
風が炎を喰らい、炎が風を煽る。
それは巨大な炎の刃となってキマイラに逆流していった。
熱波が二つの首の間を無慈悲に切り裂いた。
「メエエエエッ!!」
それは、キマイラの断末魔の声だった。
無理やり繋ぎ合わせたその体に亀裂が走っていく。
そして——キマイラは、崩れ落ちた。
山羊の首と虎の首が落ち、体が二つに割れ、蛇がきれいに両断された。
「はあ、はあ、はあ……」
膝から力が抜け、その場にへたり込んだ。
「……死んだ」
千尋がうずくまったまま、ぼそりとつぶやいた。
神殿に西陽が差していた。
ミヤビが持っていた薙刀が音を立てて倒れる。
一陣の風が吹く。
キマイラの半分に切れた体に、何かが夕日を受けて光っていた。




