46話 ベッコウとLEDライト
夢を見ていた。
セピア色の風景。
土色の発掘現場。
「群玉県の由来はな、千尋……」
父の髭面が私を見下ろす。
「玉がたくさん、取れることにある」
「ぎょく?」
「そう、この勾玉……お、これは、珍しいベッコウの勾玉だ。他にも翡翠も、瑪瑙もたくさん取れる」
「ベッコウ? きれい……」
私は手にしたキラキラした赤と青の勾玉に、目が釘付けになった。
水で洗って濡れた勾玉は怪しげに揺れた。
気がつくと父に背負われていた。
心地よい揺れ。
「……そう、かつては、中央のヤマトセイケンにヒッテキするくらいのギョクが……」
父は独り言のようにつぶやき、自分の思いに沈んでいく。
いつもそうだ。
何かを思いつくと自分の世界に入り込んでしまう。
「お父さん……? ベッコウって何?」
私は父の髭を引っ張った。
「ん? ああ、この勾玉はな、お守りだな」
「お守り?」
「そう、命のお守り」
「……いのち? ねえ、ベッコウって、なあに?」
「亀だよ。タイマイっていう、亀の甲羅……」
「かめ……?」
・・・
「……亀! ……玄武ッ!!」
私は目を覚ました。
胸元のお守りをまさぐる。
お守りの中にある勾玉を確認すると、少しほっとした。
「痛……」
頭がズキンズキンとする。手を当てると頭に包帯のようなものが巻かれているようだった。その手にも包帯が巻かれている。
「およよよ……黒神の女神さまが、目を覚まされましたぞ……」
薄暗い。
地下の冷えた匂い。
冷蔵庫のような冷気が私の体を包み込んでいた。
ぼんやりと見覚えのある顔が、横から覗き込んでいる。
「……ミワーノさん?」
「およよ、およよよ……」
ミワーノは目に涙を浮かべているようだった。
松明の灯りがその涙に反射した。
「ここは……?」
私は布の上に、横たわっていた。
頭を動かすと頭上に男の姿が見えた。
「タンカ……?」
体が揺れていた。
ゆっくりと暗闇の中を運ばれている。
松明の灯りが空間をほのかに照らし出す。
「鍾乳洞……?」
鍾乳石が垂れ下がっている。
水が流れる音がする。
頭を少し起こすと、松明の灯りが前方にいくつも見えた。
前方から剣戟の音が響いている。
「メエエエエ!!!」
山羊の断末魔の悲鳴。
長剣が松明の灯りに閃き、山羊の首が宙を舞った。
「キマイラ……?」
——そうだ私、あの双頭のキマイラに突き飛ばされて……
「マカーベくん! つっ!」
体を起こそうとして、激しく頭が痛んだ。
目を閉じて、荒い息を整える。
痛みは頭だけ。
いや右手も痛い。
足は大丈夫。お腹も平気。
何かが体にかかっている。
獣の匂いがした。
「……マカーべ、くんは?」
あのとき、薄れ行く意識の中で、マカーベくんの声が聞こえたような気がした。
——ピーコ、って……
張り詰めるような絶叫。
それは、確かにマカーべくんの声だった。
「マカーべ殿は、この隊の先頭にて、そうろう……」
ミワーノが横から答えてくれた。
「私、どのくらい寝てた?」
ミワーノが首を振った。
「分かりませぬ……あれからこの洞窟に逃れ、手当てを施し、しばし休んだのち、ずっと歩いております故……そうろう」
ミワーノの顔には疲労の色が濃かった。
あの夜からずっと、この洞窟を進んでいる?
そして、さっきのキマイラ……
ここキマイラの巣……?
血の匂いと獣の匂いが強くなってくる。
カバほどの大きさのキマイラが、血を流して倒れていた。
首のないその姿が松明に照らされて一瞬、視界に入る。
私を担ぐビャッコの男衆の足取りの速さは変わらない。
「メエエエ!!」
またキマイラの叫び声が轟いた。
「……ミワーノさん。ずっと、戦ってるの?」
「今のが、三体目にて、そうろう……」
やがて、キマイラの悲鳴が上がり、音が止んだ。
「……怖い」
ここは、やっぱりキマイラの巣……?
「寒い……」
体が冷えてきていた。
体にかけられているのは、毛皮だった。
私はごわつく毛皮を手繰り寄せて、震える体を包み込んだ。
「……どこに、向かってる……の?」
「ビャッコの神殿にて、そうろう……」
凍るような風が吹き抜けた。
ビャッコの神殿……
「柚月は? 日向は?」
私は二人がいないことに、今更、気がついた。
なぜだか、二人が一緒にいると思い込んでいた。
「ねえ! 二人は……どうしたの……?」
心臓が冷えていく。
「女神さまがたは、おそらく無事かと、そうろう……」
「おそらく……? ミワーノさんは、どうしてここに?」
ミワーノの顔が、翳りを帯びた。
「あの混乱……私も間一髪、ビャッコの男衆に助けられたので、そうろう……」
「……」
「外のものたちとは、完全に分断されてしまい、そうろう……」
「……日向……柚月」
ミヤビさんもいる。
フォーゲルさんたちもいる。
「きっと、大丈夫……」
私は胸元の勾玉を握りしめた。
——ビャッコの神殿で、会えるはず……
ミワーノは着ていた掛け物を、私に掛けてくれた。
「今しばらく、お休みいただきたく、そうろう……」
*
神殿の階段を登り切った。
それでも、風は吹かなかった。
ビャッコの地で、風のない空気を吸っているのは初めてだった。
——神獣白虎は、風……
無音、静寂。
私たちの足音だけが、神殿の石畳に響く。
神殿は、暗い入り口を開けていた。
扉はない。
獣臭が漂う。
ミヤビが薙刀を手にし、立ち止まった。
巫女が背嚢から松明を取り出す。
私はリュックを前に回し、LEDライトを取り出した。
「……ミヤビさん、点けてもいい?」
小声でささやく。
私はミヤビとの旅の間、LEDライトを見せなかった。
見せたら、さらに神格化が深まるような気がしたからだった。
「……それは?」
スィッチを入れると、白い光線が神殿の奥を照らした。
今まで見た神殿と同じ作り。
目の前に階段が見える。
「白い光……?」
松明に火が灯された。
ぼうっと周囲を照らし出す。
「グルルル……」
スザクが唸り出した。
「スザク! ステイ!」
しかし、スザクは私の制止を聞かず、目の前の階段を登り出した。
あんなに震えていたのに……
何かに呼ばれた?
ミヤビと私の目が一瞬合った。
同じタイミングで階段を駆け上がる。
ライトが闇を切り裂く。
登り切ると空間が広がった。
ライトが奥にうずくまっている巨体を浮かび上がらせた。
二つの頭が持ち上げる。
赤い四つの目がライトに反射した。
そして、
「メエエエエ!!!」
キマイラの鳴き声が響き渡った。




