40話 スザク城の夜
私たちは馬車に揺られていた。
牛車よりも広く、速く、揺れが少なかった。
私はあの日、ミヤビと馬に乗って駆け抜けた街道を眺めていた。
二千人の騎士団とは聞いてはいたが、実際の騎士は六百人ほどらしい。
残りは、従者や替えの馬の世話係。
ゲンブの時も同じでモノノフは三百人ほどだったと、あとで聞いた。
隣にはロート・フォーゲルが馬に乗っていた。
宝物庫から持ってきたという大剣をぶら下げている。
「フォーゲルさん、それ持ってきちゃって大丈夫なの?」
日向が心配そうにフォーゲルに声をかけた。
『ゲンブ解放の恩賞として、大世界神様より賜りましてございます』
フォーゲルのモノノフたちが、馬車の周りを警護している。
前の馬車には、アベーノたち神官が乗っていた。
ヨシーノが私たちの馬車に乗っている。
揺れる馬車の中で筆と紙を持って、私たちの発言を記録しているようだった。
「ヨシーノさあ、いちいち書くのやめてくれない?」
日向が口を尖らせる。
「だから、たくさん話して書く暇を与えないって昨日の夜、テントで話したよね?」
千尋がたしなめている。
「神官としての務めにて、ごじゃりますれば……」
「マジ、勘弁して」
ヨシーノが筆を走らせる音が響いた。
私たちはため息をついた。
ヨシーノのノートにまた一つ女子高生スラングが蓄積された。
*
昨日の昼、盛大なお見送りをされて、私たちは都を出立した。
「あなたたちの力よ。これは」
そう言ってスミレは笑った。
大宮殿の入り口の門で、三女神を讃える声援が沸き起こっていた。
下手すると二十年前のタキさんのように、騒乱の罪で処刑されていた可能性もあった。
たった二晩で立場が逆転していた。
「信仰を集めるほど神レベルが上がる……んでしょ? これ、ヤバくない?」
「帰るためには、利用できるものは利用すれば、いいのよ」
「人間じゃ、なくなるんじゃ……」
千尋が不安そうに言った。
神は子を成さない、という言葉が私たちの頭にあったのに違いない。
「日本に帰っても、神様なの? 私は風邪も引くし腰も痛いし、ただの人間よ?」
「そう…… だよね。日本に帰れば、問題ないよね?」
「そうよ、だって、今までの神様だって、死んだ後には、鬼がまた出てきたんだから」
「そっか、日本に帰っちゃうのも死ぬのもこっちの人から見れば、一緒か」
私たちは、なんとなく納得したような、どこか釈然としないまま馬車に揺られていた。
人々が私たちの馬車を見送る目は、この都に連れて来られた時とは正反対だった。
神獣朱雀とともに降臨した女神。
ゲンブを解放した私たちが、これからビャッコ、セイリューをも解き放つのだ。
私たちの馬車が通ると、溢れんばかりの人が、割れんばかりの歓声を上げた。
どこから聞いたのか「マジャバー!!」と誰かが叫んだ。
「マジャバー!!」の大声援の中、都の門を出てきたのだった。
*
「カモーノ! なんで、マカーべいないの?」
日向が昼食時にカモーノを呼びつけて聞いた時だった。
私たちはマカーべがいないことにすぐに気がついていた。
千尋が隣で目を見開いて、すぐに顔を伏せた。
ミワーノが隣で通訳をして、答えた。
「マカーべは一時的に預かっていただけにて、そうろう」
「は?」
「カモーノ家とマカーべ家は、遠い親戚にあたるものにて」
「え?」
「もともとのビャッコに戻りまして、そうろう」
「マジか……」
私と日向はずっこけた。
「千尋……」
「日向……」
「きっと、会えるよ……」
千尋は目に涙を浮かべていた。
——ピーコさんのことで、ビャッコから出た?
それって、最近のこと……?
それで、ミヤビさんに説得されて、戻った……?
私は頭を振った。
所詮、憶測にすぎない。
「そうだよ。ビャッコに行ったら、眷属の討伐にきっと参加してくる」
「……マカーべくんが持ってる勾玉のこと、聞きたかったのに……」
千尋はそれだけ言って、黙り込んだ。
「……おそれながら」
ミワーノが声をかけてきた。
「ビャッコの神殿に直行になるやも、知れませぬ……」
「……え?」
私たちは不安を抱えたまま、その日の夕方にスザク城についた。
行軍はゆっくりだった。
ミヤビと神獣朱雀に会いにいった時は、馬で半日だったが丸一日と少しかかった。
スザク山はまだ白煙を上げていた。
「あれ、登ったの!?」
「すごい…… さすが、柚月」
「くうん……」
「どうした? スザク?」
スザク山を見上げたスザクの首輪のライトが、一瞬光った気がした。
「今、光った? 神獣朱雀がまた来た……? スザク?!」
「バウッ!」
スザクが吠えたが、真相は分からなかった。
ライトはすでに光を失っている。
西陽がちょうど首輪のプラスチックに当たっていた。
——気のせいか……
神獣朱雀……次は神獣白虎……
「女神とか、神様とか、神獣とかって、いったいなんなんだろう?」
私はつぶやいた。
「確かめないと……この世界の神様って、何なのか……」
千尋も同じことを考えていたのだろう。
「神殿に行けば、わかるかもよ?」
日向が言って、私たちはうなずいた。
フォーゲルとミヤビが私たちの馬車に近づいてきた。
馬車の簾越しに二人は片膝をついた。
「女神さまがた…… このたびのビャッコ、セイリューの解放の後、我がビャッコにお越しいただけるとのこと。我ら女神の巫女、男衆ともに歓喜に震えておりまする」
さっそく、牽制してきた。
フォーゲル、ヨシーノの顔が緊張を帯びた。
「グルル……」
スザクが唸りだした。
「……スザク。ステイ」
私は小声でスザクを制する。
ミヤビから発せられる何か殺気のようなものに、反応しているようだった。
「女神さまがたの護衛は、この先からは我ら巫女にて。セイリューの地、どこまでもお供いたす所存でおりまする」
絶対に逃さない。
そうミヤビの目が光った気がした。
「このたびのビャッコの解放、スザクの援軍、女神さまがたのご降臨。まことに偉大なる女神の思し召し。ビャッコの女神の巫女一同、命をかけて使命を果たす所存」
その声に冗談の余地は一つもなかった。
重苦しい空気が立ち込めた。
これで、日本に帰る、なんて言ったら、強制的に幽閉されてしまいそうだった。
抜身の刀のような、ひりひりとした凄みに怖気付きそうになった。
『さあ、我が城、スザクにご案内申しあげますぞ!』
フォーゲルが空気を読まずに、脳筋らしく明るく言った。
ヨシーノが後ろで訳していく。
私たちはその脳筋ぶりに救われた感じがする。
「ビャッコにはどのくらいで着くの? 神殿には行くんだよね……?」
気を取り直して、日向がミヤビに聞いた。
私たちは詳しいことは、何も知らされていなかった。
ヨシーノが小声でささやく。
「ビャッコとスザクで、御主女神さまがたの護衛を巡って、揉めておりましたゆえ…… 予定が立ちませぬ……」
私たちは、ため息をついた。
「詳しい話は、城の神殿にて」
ミヤビは頭を下げた。
フォーゲルが立ち上がり、馬車はスザク城に入っていく。
城壁の中は、街が広がっていた。
質素だが、活気のある街だった。
通りには町人が押し寄せ、女神を讃える声援がかかった。
「マジャバー!!」と誰かが叫んだ。
それは、いつしか城壁内にこだまする掛け声となって私たちに襲いかかった。
「マジヤバい……」
そう私たちは、つぶやくしかなかった。
「女神さまがたは、スザク城の神殿にて、お休みくだされ」
フォーゲルが馬を並べて、声をかけてくる。
どっと疲れが出ていた。
「スザク山は信仰の山にて、大勢の信徒で賑わっております」
城の隣にこじんまりとした神殿が立っていた。
「大世界神スミレ様、ご降臨以前は鬼との戦いの最前線でもございました」
フォーゲルは誇らしげに城を指し示す。
やがて神殿に馬車がついた。
「石造りの神社だね、これは……」
アベーノが先導して、駕籠に乗せられて中に入る。
神官たちが平伏して見送る。
中に入ると同じように御簾がかかった広間に出た。
掃除が行き届き、香の匂いが立ち込めた清浄な空気だった。
「のちほど御食のあと、こちらの神殿にて今後の予定を申し上げるにて、そふらふ」
アベーノが御簾の前に平伏して言った。
御簾の奥には、居住スペースがあった。
寝具が並べられている。
急遽、整えたらしかった。
「さすがに、お風呂はないよね……」
「体を拭くしかないよ」
「疲れた……」
私たちは荷物を下ろして、仮面を取った。
ヨシーノから声がかかり、食事が運ばれる。
こちらの食事にも慣れてきていた。
「スミレさんのところは、美味しかったなあ」
「出発の前の夜は、すごかったけど……」
私はスラムの光景を思い出して、微妙な気持ちになった。
「でも、昔はみんな、飢えてたから。今は食べられるだけマシって言ってた」
「めっちゃ、ドライだよね」
「モノノーベにも、もう好きにさせないって、スミレさんも言ってたし」
千尋がほっとしたような顔をした。
食事が終わると、アベーノが疲れた顔を見せた。
心なしか髪の量が減っている気がした。
「御主女神さまがた…… 今後の予定が立ちまして、そふらふ……」
アベーノは平伏して続ける。
「出立は明朝…… ビャッコの神殿まで、直行いたしまする……」
私たちはごくりと唾を飲み込んだ。
——ビャッコの神殿に直行……?
本当に勾玉はある?
なければ、もう探しようもない……
ミヤビに協力してはもらえない、なぜかそれは確信できた。
「明後日には、ビャッコの地…… そこから神殿までは、二日…… ビャッコの眷属が跋扈する地にて、そふらふ……」
その晩は、三人とも、寝つきが悪かった。
窓から入る夜風が、室温を下げていく。
私は見慣れない星空を見上げた。
「……眠れない?」
千尋が小声でつぶやいた。
「これから、どうなるのかな?」
ポジティブな日向も先行きに不安を抱えている。
「私……」
千尋が言い淀んだ。
その声は不安と恐れに支配されていた。
「どうした?」
何か嫌な予感がした。
「私ね……」
足元で丸まっていたスザクが頭を上げた。
「……生理が、……来ないの」
——神は、子を成さない……
信仰が、強くなってる……?
お腹をさすったスミレを思い出した。
「神様なんて、やめたい……」
「……そうだ、ね」
「絶対に、帰らないと」
日向が絞り出すように言った。
その思いは体の変化とともに、一段と私たちの思いを強くした。




