39話 ビャッコの召喚状
結局、三人ともあのまま眠ってしまったらしい。
目が覚めた時、朝の澄み切った空気と鳥の鳴き声がしていた。
腕の筋肉が痛かった。
昨日、朱雀の首筋にしがみついていた代償だ。
あれは、気持ち良かった。
空を飛ぶ気持ち良さは、今まで味わったことのない快感だった。
「スザク、また乗せてよ」
「くうん」
まだ日向も千尋も寝ている。
私はそっとベッドから降りる。
期待した目で見上げるスザクと目が合った。
「ちょっと、待ってて」
私は念入りにストレッチをした。
「……気持ちいいけど」
窓を開けて広いテラスに出ると爽やかな風が吹いた。
眼下に綺麗な都の街並みが広がる。
ここからは、あのミヤビのスラムがあるところは見えないようだった。
スザクが足元にまとわりつく。
散歩をさせないと。
都まで来る牛車では、時々外に出して駆け回らせていた。
昨日は一緒に空を飛び回ったが、散歩になっていたかは分からない。
「あら、おはよう」
隣のテラスにスミレが立っているのが見えた。
花壇があるようだった。
スミレは花に水をあげていた。
「昨日は、すみません。寝ちゃって……」
「いいのよ。三人とも大変だったもの」
「私たち、これから、どうしたら良いですか?」
いずれにしろ、家に帰るためにはビャッコとセイリューの神殿に行って勾玉を集めないといけない。
「ちょっと、あなた、昨日、神獣に乗ってきたでしょ?」
スミレはいたずらっぽく笑った。
「都は、大変なことになってるわよ!」
「大変な…… こと?」
「そりゃ、そうよね。伝説の神獣朱雀が降臨したんだから……」
その言葉に私の心臓が冷えていく。
「昨晩は、お祭り騒ぎだったみたいよ。三女神の話で持ちきりだって!」
——信仰を集めたら、人間じゃなくなってしまう……
「それって、まずいんじゃ……」
「しれっと帰っちゃえばいいのよ!」
「帰れた人っているんですか?」
それを聞いたスミレはため息をついた。
「それ、死んでない人に死後の話を聞くようなものだから……」
「そうですよね……」
「まあ、朝食の席で、あのあと、どうなったか教えてあげる。もう朝の八時半よ」
スミレは腕時計に目をやった。
「二人とも、起こしてらっしゃい。巫女に呼びに行かせるわね」
私が部屋に戻ってきたとき、日向は起きていた。
「おはよう」
「千尋っ! 起きて!」
「マカー…… やばッ!」
千尋は丸一日寝ていたくせに、いつも寝坊なのは変わりはなかった。
「マカって誰?」
日向がニヤニヤしている。
——マカーべ…… さんか……
千尋は、この世界にどこか引っかかっている。
「私もお姫様抱っこされたら、好きになっちゃうんだろうな」
「もう! いじわる」
盲目の巫女が呼びにきた。
「御食のご支度が整っております」
*
朝食は昨日とは別の部屋だった。
「おはようございます」
「美味しそう!」
「召し上がれ」
テーブルの上には所狭しと料理が並べられていた。
私はチーズがたっぷり乗ったパンを手に取った。
ミルクのシチューが胃腸に染みた。
「昨日は、あれから大変だったのよ」
スミレは人払いをしてから、小声で話し始めた。
「とりあえず、あなたたちは、三女神として信仰の対象になった」
「……マジか」
「本当に、神様になっちゃった……」
千尋の声が寂しげに震えた。
「でも、ビャッコの巫女は、納得しないんじゃないですか?」
私はそこが気になった。
「とりあえず、あなた昨日言ってた、四神の地の回復。それすることになったから……」
「えっ?!」
「マジか……」
「そんなこと、言わなければ、よかった……」
千尋がテーブルに突っ伏した。
でも結局、帰るためには、それは必要だった。
「それで、あのモノノーベも、認めたんですか?」
私はそれが気になった。
「都の人たちが、あの神獣を見ちゃったからね。認めないわけにはいかないわよ」
そういったあと、スミレはため息をついた。
「ビャッコの大巫女から、早馬で書状が届いたの」
「なんて、言ってきたんです?」
嫌な予感がした。
「もちろん、古い盟約に則って、あなたたちをビャッコに差し出せと」
「……」
「訳して読むわね」
スミレは書状を取り出した。
「『古き盟約に従い、女神はビャッコの地へ。男神の国、スザクが女神を囲う不敬、これ以上、看過できず。速やかに三女神をビャッコの地に導くのがスザクの務め。従わぬ場合、盟約に基づき討つ』」
「……?!」
「なんか、過激……?」
「これ、やばいやつ……」
ミヤビのすっと伸びた背筋を思い出した。
あの容赦のない迫力で来られたら、全力で土下座してしまいそうだった。
日向は果物を手に持ったまま、動かなかった。
「……なんて、答えたんですか?」
「私たちは四人で、日本に帰るでしょ?」
スミレは声をひそめた。
「もちろん、夢の国に一緒に行くって約束したから」
「そう、盟約でビャッコに行ったら、あなたたちは、一生、閉じ込められる」
「……」
やっぱり、そうだ。
「でも、ここにいても、同じ……」
「どうなるんですか?」
「ビャッコが攻めてくるわね」
「戦争……?」
千尋の声が震えた。
スミレはため息をついた。
「難しいのよ。神様も。大変なのよ」
確かに。
私はスミレの真っ白な髪をちらっと見た。
「モノちゃんも、降格は納得してないし、アベーノがヘソ曲げたらビャッコに寝返るかも分からなし」
「スミレさん、本当に大変ですね……」
「かといって、モノちゃんを粛清しちゃうと、行政が止まるし……」
スミレは口を尖らせた。
「アベーノをモノちゃんの上にすれば、寝返りはしないだろうけど、モノちゃん一派が怒るでしょ?」
「ほんとに、めんどくさい」
「ごめんね、愚痴になっちゃったわね」
スミレはお茶を飲んだ。
「で、私は考えたのよ」
私たちは身を乗り出した。
「ビャッコとセイリューの解放が、先って。まずは四神の地の回復」
私たちは、がくりと肩を落とした。
予感はしていた。
「先に西のビャッコに行って、神殿を解放して、勾玉持ってきたら、今度は東のセイリューに行くの」
確かに逆の順序だったら、ビャッコに閉じ込められる。
「で、セイリューからビャッコに戻る前に、中心にある神廟に寄って、そこで儀式と言って日本に帰っちゃおう。私もその儀式に参加すれば、万事オーケー」
スミレはそう言って、にっこりと笑った。
スミレにしてみれば、うまく行っても行かなくても、たいして痛まない。
帰りたいのは帰りたいだろうけど、この世界に馴染みすぎている。
でも、その提案を受け入れるしか選択肢はない。
というか、そうビャッコに返事しちゃってる。
「それでセイリューに行くと言って、ミヤビさんは、納得するんですか?」
「ビャッコの巫女も四神の地の開放を願ってるのは同じ」
当然のような顔をしてスミレはお茶を飲んだ。
「……それしか、ないか」
日向がつぶやいた。
「そんなにうまくいくかな……」
千尋が首を振った。
「ビャッコの眷属、暴れまくってるドラゴン、ミヤビさんも、モノノーベも私たちを狙ってくるかも……」
私は懸念点を指折り数える。
「とんでもない夏休みになっちゃったな」
「補習の方が百倍マシ」
「そっちも嫌……」
スミレは私たちを見回した。
「とりあえず、フォーゲルと都の騎士団はつける。二千人はいるから、ビャッコの巫女と眷属からは、絶対に守らせる」
真面目な顔をしてきっぱりと言った。
「二千って、それ、戦争じゃん……」
「ビャッコの眷属は強いのよ。ビャッコの巫女への援軍でもあるから」
「そっか、ミヤビさんたちと一緒に戦うのか……」
「ドラゴンもいるしね……」
私たちはため息をついた。
「……もしかして、アベーノも来る……?」
その私の質問に、二人が嫌な顔をした。
「アベーノは、ビャッコとの窓口だからね。当然、行くわよ」
「でも、裏切ったりしない?」
「アベーノの目的は、ひとまず達成されてる。あなたたちを認めさせ、モノノーベと並んだ」
「そっか。今、裏切ってもビャッコでの立場は、ここにいるより悪くなるかも」
千尋がうなずいた。
だからといって、来てほしいとは私たちは思ってはなかった。
「あと、カモーノとミワーノもつけるわね」
通訳は多い方がいいからと付け加えた。
——あの二人も?
私たちは、さらに眉を曇らせた。
知らずに私たちに、追い打ちをかけてくる。
「でも、カモーノが来るんなら、マカーべも来るかもよ」
「そういえば、カモーノの部下って言ってたな」
千尋の瞳が輝いたのを見て、私は少し安心した。
私たちはようやく一つの光明を見つけたのだった。
「おそらく、今日中には、スザク城にいるビャッコの大巫女に返事は届く」
スミレは事務的に話していく。
「もうすでに、騎士たち神官たちに準備をさせてる」
有無を言わせない話しぶりだった。
「明日の朝、出発」
もう逃げ場はなかった。
私は、スザクを見た。
スザクは無垢な目をして私を見上げた。




