36話 炎の再会
私は囚人と騎士を引き連れて赤い絨毯が敷かれた回廊を、走り抜けていく。
両脇にはアベーノとフォーゲル。
前を騎士が先導していた。
大広間の立派な階段の上に、大きな扉が見えた。
明るい光が差す。
「謁見の間にて、そふらふ……」
アベーノがささやいた。
でも、私は聞き慣れた声が、扉の向こうから聞こえてくるのに気を取られていた。
心臓が跳ね上がる。
——千尋……
別々になって暗闇の中、どのくらい離れていたのか、分からない。
せいぜい一日か、二日。
でも、もう何年も会っていないような気がした。
私は階段を駆け上る。
慌ててアベーノとフォーゲルが続いた。
「……千尋ッ!」
そのとき、千尋の朗々とした声が響いた。
「これがッ! 女神の証明と言わずして! 何を証明と言うのですか!!」
明るく広い謁見の間の中央に、千尋の後ろ姿が飛び込んできた。
そして、青白い光……
赤い翼——?
「千尋……?」
謁見の間は、驚愕の叫び声、歓声、興奮の坩堝と化していた。
*
『鎮まれい!!』
モノノーベが黄金の杖をガシャンと石床に叩きつけた。
そして私のダース仮面を睨みつけた。
『このものは、神は神でも、邪神である!!』
モノノーベの顔は真っ赤に、目は憎悪に燃えていた。
「神獣玄武ッ! 神獣朱雀ッ!」
黄金の杖を振り回して叫ぶ。
「かの大ケータイ祖神でも顕現しなかった神獣朱雀が! 何を以って姿を現すか!」
その声に謁見の場は静まり返った。
モノノーベの舌鋒はさらに鋭くなった。
「……まやかしである! ビャッコの巫女どもの怪しげな妖術の仕業である!!」
『……確かに』
「先程、異端のビャッコの名を出していた……」
一時の興奮が冷めた様子で居並ぶ神官、騎士は声を交わす。
『……さも、あらん』
「大ケータイ祖神様よりも、上という事が、あろうか……」
私は勾玉をギュッと握り締めた。
謁見の間が不穏な空気に変わっていく。
奇跡を見た人々の目は、疑心に満ちたものに変わっていく。
『衛兵! このものを捕らえよ!!』
騎士がガチャリと歩き出す。
スミレさん…… どうして、何も言ってくれないの……?
柚月、日向……
マカーべくん、助けて!
勾玉は光を失っていた。
『親衛隊! その者どもをひっ捕らえよ!!』
黄金の杖が、私の背後を指した。
「えっ?」
私が振り向いたとき、青色の仮面が見えた。
「日向……?」
「……千尋」
仮面越しに目が合った。
——無事だった…… だけど……
「スミレさん!!」
私は叫んだ。
騎士が近づいてくる。
「スミレさん! 助けて!!」
モノノーベの分厚い口が歪んだ。
「あんたたち!! 触るな!!」
日向の叫びが聞こえた。
「この邪神があッ!」
『邪神! 邪神!』
人々の口から非難の声が巻き起こる。
そのとき、また天窓が赤く輝いた。
謁見の間の温度が急激に上昇する。
『うわっ!! なんだ?!』
『神獣? 朱雀!』
ガラスが割れる音ともに、炎が降ってきた。
「きゃああ!!」
「柚月!?」
炎をまとう巨大な鳥に、能面の柚月がしがみついていた。
「千尋ッ! 日向ッ!」
炎の鳥は謁見の間を、火を撒き散らしながら飛び回った。
鳥の首筋に、柚月が炎にまみれているのが見えた。
『熱い!!』
『火事だ!!』
『燃えてるぞ!! 早く消火を!!』
『うわあ! 逃げろ!!』
謁見の間は大混乱になった。
「スザク!! そっちじゃない!!」
朱雀は柱の周りを、縦横無尽に飛び回る。
カーテンに火がつき、絨毯が燃え上がった。
「日向!!」
柚月が叫んだ。
日向は先導されていた騎士たちに身柄を拘束されていた。
後ろから羽交い締めにされている。
「柚月!!」
朱雀は、日向を取り押さえている騎士の真ん中を飛び抜けた。
騎士たちのマントが炎に巻かれ、悲鳴が上がった。
でも、日向は燃えない。
「柚月ッ! 熱くないの!?」
「大丈夫!! 女神だったら!!」
柚月が手を伸ばした。
「乗って!!」
「マジか!?」
朱雀が旋回する。
「スザク! もう少し下!」
炎の翼が日向をかすめる。
騎士たち、フォーゲル、モノノフたち囚人が頭を押さえて伏せた。
『本物の朱雀だ! 逃げろ! 神獣がお怒りだ!』
『焼き殺されるぞ!!』
神官のみならず、騎士たちも混乱していた。
我先にと左右の出入り口から、逃げ出していく。
「あっちっちっち……!」
アベーノの服に朱雀の炎が燃え移った。
「アベーノが燃えてる! 柚月!!」
「大丈夫!! 私たちを女神と信じてたら、燃えない!!」
柚月の手と日向の手が、わずかなところで通り過ぎた。
「ほんとだ! 熱くない!」
朱雀の炎は日向を巻いたが、燃えなかった。
「アベーノ! 私たちを信じて!!」
柚月が叫んだ。
「スザク! もう一度!!」
朱雀は扉を抜けてターンすると再び日向に迫った。
『うわああ!!』
「アベーノ! 一緒に乗るよ!」
朱雀は低空飛行で飛ぶ。
日向はアベーノの袖を掴むと、朱雀の炎の中に飛び込んだ。
「落ちるで、そふらふ……」
「日向!」
「柚月! すごい! 飛んでる!」
柚月と日向が朱雀の首筋にしがみつく。
アベーノは朱雀の爪に引っかかっていた。
「千尋!!」
「日向ッ! 柚月ッ!」
私の周りは火の海だった。
神官も騎士も逃げ出していた。
「でも、熱くない…… なんで?」
「千尋ッ! 逃げるよ!」
柚月が叫んだ。
でも、私はそれを拒否した。
「ダメ! スミレさんがいる!」
朱雀が私の上を飛び抜けた。
「えっ!?」
「スミレさんて、スミレ神?」
「約束したのッ! 一緒に夢の国に、行こうって!!」
今、ここで逃げたらずっとお尋ね者……
もう、きっとスミレさんには会えない。
あの涙を見たら、置いてはいけない……
「夢の国!?」
「安浦の! 私も行きたい!!」
日向が叫んだ。
「だったら、私はシーがいい!」
柚月が希望を出した。
「みんなで行くの!!」
私が叫んだ。
「どうしたら良いのー?!」
その日向の疑問に、飛び去る朱雀に向かって大声で張り上げた。
「降りて! そして火を消して!」
「分かった!」
「え? 何が分かったの?」
朱雀は私の前に静かに着地した。
「目が回るで、そふらふ……」
アベーノの顔は煤で汚れ、薄くなった髪と服は焦げてはいたが燃えてはいなかった。
「私としたことが、信じきれなかったで、そふらふ……」
「千尋ッ!」
二人は朱雀から飛び降りて、私に抱きついた。
「うえええん」
「……ばか」
「泣いてる場合じゃない」
柚月が冷静に日向に突っ込んだ。
「モノノーベさん?」
私は腰を抜かして尻餅をついているモノノーベに声をかけた。
朱雀が翼を一振りすると、火はその体に吸収されていく。
焦げ跡を残して、火は消えていった。
朱雀が私たちを守るように、背後で炎の翼を広げた。
「私たちは邪神では、ないです」
「こいつがモノノーベ?」
「確かに悪そうな顔してる」
謁見の間には、私たちとモノノーベしかいなかった。
「みんな、逃げちゃったね」
「薄情だな」
二人は物珍しそうに周りを見回した。
「私たちは、別にスミレ神に取って代わるつもりもないし……」
私はため息をついた。
「モノノーベさんを失脚させたいという思いも、ないです」
「私は、あるよ」
「日向! しっ!」
モノノーベは混乱しているようだった。
白い法衣は煤にまみれ、ところどころ焦げていた。
顔に塗りたくった白粉は恐怖の汗で溶け、青ざめた顔を晒していた。
「し、神獣、す、朱雀……」
「バウッ!」
スザクが吠えた。
「ひっ!」
「ダメ! スザク! ステイ!」
朱雀はしゅんとしたように翼を収めた。
「スザクって、もしかして、あのスザク?」
日向が驚いた顔をして振り返った。
「モノノーベさん?」
私はモノノーベに近づいて、しゃがみ込んだ。
「私たちを女神と認めなさい。そして、スミレ神と会わせて」
「あーはっはっはっは!!」
そのとき、御簾の向こうからスミレの大笑いが聞こえてきた。




