33話 知らない星空、見えない出口 (二)
「アベーノ? お腹すいたんだけど……」
「ああ…… 女神様、おいたわしや……」
私は縛られていた縄を、右足のスニーカーに巻き付けていた。
アベーノが縛られていた縄をアベーノの手首に縛りつける。
反対側を自分の右手に巻き付けた。
「これなら足は滑らないし。アベーノ、絶対に縄を外さないで」
暗闇の中、前を行かせるアベーノは時折、座り込んだ。
縄が緩み、アベーノのおしりに顔がぶつかる。
「また! アベーノ! 起きて!」
「はっ!」
黙っているとすぐ眠り込んでしまっていた。
「女神様は、眠くはおなりになりませぬか……?」
「さっき、寝たし。つーか、よく眠れるねぇ」
アベーノはまた這い出した。
「ていうか、出口どこよ?」
「分かりませぬ……」
「使えない! ほんと」
悪態をつきながらも、見知った人間がいることに私は安堵も覚えていた。
——マカーベだったらなあ……
フォーゲルさんでも、いい……
あの逞しい脳筋は、かなりダンディなおじさんだった。
だけど、どこにも抜け道はない?
いやいやいや。
「連れてこられたんだから、出入り口は絶対にあるはずでしょ?」
痛みはなかった。
上から落とされたら、この硬い石床、ただでは済まない。
時間感覚はまったくなかった。
空腹は酷かったが、不思議と口の渇きはなかった。
どのくらい、経った?
三時間? 半日?
それとも、もっと?
たくさん、寝ていたような気もする。
この変な臭いが、眠くなる。
「モノノーベってどんなヤツよ」
「モノノーベ大神官様ですぞ。聞かれたら不敬で、死罪になりますぞ」
アベーノは声をひそめた。
「私は女神よ。大神官つっても、部下でしょ?」
「大神官様は、このスザクの最も古い家柄で、そふらふ」
アベーノはため息をつきながら話し始める。
「ケータイ祖神…… 降臨したまいしそのとき、モノノーベの祖も付き従っていたのでございまする」
「転移者…… なの?」
「大世界神スミレ様、ご降臨により、かつての栄華をお取り戻しにて、そふらふ……」
「それ。アベーノも同じことしたいのよね?」
「そ、そ、そ、そのようなことは…… あのモノノーベと同じだとは、そのようなこと…… 女神様にお疑いを抱かれるとは、死してお詫びを……」
——めっちゃ、動揺してるし……
「まあいいから、早く、壁まで行こう」
「痛っ!」
這い出したアベーノの頭が、何かに激突した音が響いた。
「いい音だすね、その頭」
「壁にて、そふらふ……」
「マジ、壁!」
私は壁を確認し、へたり込んだ。
「ま、ま、じ…… か、べ?」
アベーノがなにか神託を受けたようにつぶやいたが、何も思いつかなかったようだった。
すでに何時間、この暗闇にいるか、分からない。
途中、何度も眠気に襲われて、寝てしまっていた。
だけど、ようやく手が壁についた。
「壁沿いに手で触って、入り口を探そう!」
私たちは左手を壁に当てて、歩き始めた。
「アベーノ? 何か引っ掛かりがあったら、すぐ教えて」
「かしこまり、そふ……ろ? ほげえ!」
アベーノが突然、奇声を上げた。
かーんと金属のような音が響いた。
「また、いい音、出して……」
私が触っていた左の壁が突然、消えた。
「これ、通路じゃない? アベーノ?」
「そのようで、そふらふ……」
アベーノは通路に突っ伏しているようだった。
私たちは壁に手をつけて通路を進んでいく。
やがて石の床は乾いた床になっていく。
それとともに、すえた臭いが強くなってきた。
前方に、かすかな光。
目を凝らす。
松明?
薄暗い通路に、ぼんやりと煉瓦の壁を照らし出していた。
「……明かり?」
久しぶりの灯り。
おぼろげにアベーノの薄くなった頭が見えた。
「何か、いるの?」
耳を澄ます。
ひそやかな息遣い。
人の声……?
「地下牢で…… そふらふ……」
アベーノが、ささやいた。
「地下牢……」
ごくりと唾を飲み込む。
啜り泣く声、喚く声がかすかに聞こえる気がする。
「……もし、捕まったら」
「御主女神様…… こちらでお待ちいただきますよう……」
「アベーノ?」
アベーノは振り返って片膝をついた。
「……地上への道を、探しに、参り、奉る……」




