31話 謁見
いつの間にか眠っていた。
柔らかい寝台の上で、扉の錠前が外される音で目が覚めた。
「……寝てた。私……? どのくらい……?」
時間感覚はまるでなかった。
窓のない暗闇。
寝ようと思えば、丸一日寝られてしまう。
——ヤバイ…… どのくらい寝てた?
二人は大変な思いをしてるのに、自分だけ豪華なベッドの上で寝てしまった。
罪悪感が胸を締め付ける。
ノックの音が聞こえた。
——あ、仮面つけないと。
扉が開かれる音とともに、慌ててダース仮面を被った。
素顔を見られたら、偽神と見なされてしまう…… そんな焦りがあった。
神官がワゴンに食事を持ってきた。
暗い部屋でワゴンに乗った燭台の灯りが、わずかな光源となった。
皿に乗った食べ物からは、食欲をそそる匂いが立ち上っていた。
神官が去ると燭台を手に、部屋を調べてみることにした。
「あっ、ここトイレだ。洗面所もある…… お風呂も?」
石で出来たバスタブが置かれていた。
——三人で、来たかった……
日向が見たら、絶対に喜ぶ。
なんで、こんなことに……?
頭が混乱してくる。
でも、三人だったらこの部屋には、通してもらえなかったのかも……
柚月が、逃げた。
日向は、暴れた。
柚月は、きっとミヤビさんたちに匿われてる。
日向は暴れた罪で…… 浄化槽。
私は、もしかしたら、人質……だから?
絶対に助ける。
スミレさんに言われた。
ちゃんと食べて、謁見に臨まないと……
物思いに耽りながら、ワゴンの食事をテーブルに運んだ。
柔らかそうなパンと野菜たっぷりのスープに牛乳。
お腹が、鳴った。
喉は、カラカラ。
牛乳を一気に喉に流し込んだ。
昔、牧場で飲んだものより濃厚で、風味が強かった。
パンもスープもポットに入ったお茶も美味しかった。
アベーノたちの食事とは全然違った。
スミレさんが、改善していった?
——スミレさんとの謁見……
この謁見が私たちの生死を分ける……
心臓が激しく脈打つ。
手足が冷えてくる。
戦略を考えないと。
お茶をすする。
スミレさんは、協力をしてくれると言った。
だけど、謁見の場には、きっとあのモノノーベがいる。
スミレさんを、あのモノノーベから取り上げる……?
どうやって?
日向も救わないといけない……
柚月がどうなったかも、気になる。
日向だったら、きっと「大丈夫! なんとかなる」って言うかな?
柚月だったら、「なるようにしか、ならない」って言うよね。
口元がほころんだ。
そのとき、ドアにノックの音が響いた。
「スミレ神より、謁見をお許しになるとの御言葉でありますぞ。……ありがたく思われよ」
城門の前で私たちを待ち受けていた、金の首飾りの神官の声だ。
私は再びダース仮面を被った。
——神様対決ではなくて、神様同盟だ。
どちらも神様。
神の国、八百万の国から来たんだ。
スミレ大世界神様の配下の、女神という設定で行こう!
それが良い。
前を向いた。
その神官と、二人の騎士に挟まれて、迷宮のような城内を歩いていく。
モノノーベを失脚させるつもりもないし、スミレさんを困らせるつもりもない。
そう思った時、アベーノのあの嫌な目が脳裏をかすめた。
そういえばアベーノもヨシーノも連れて行かれた。
もしかして、アベーノはモノノーベの地位に取って代わろうとしていた……?
嫌な妄想が膨らむ。
もしそうなら、アベーノは、死罪……?
ヨシーノも……?
あの処刑台を思い出して、膝が震えた。
結果的にアベーノたちの勘違いは、私たちに帰るヒントを与えてくれることになった。
もし、あのトンネルで誰にも会えなかったら……
あのあとすぐ日本に戻れたとしても、トンネルの崩落で生き埋めになっていたかも……
そう考えると、アベーノには恩がある……?
というより、見捨てられるわけがない。
あの二人も助けないと。
フォーゲルさんは、多分無事だろうけど……
マカーべくん、どこにいるの……?
マカーべはどこかで剣を振るっている、そんな気がした。
階段を登ると、通路は一際豪華な赤い絨毯が敷かれた廊下に出た。
向こうに金ピカな装飾がついた大きな扉が見える。
——あそこだ……
扉の前にいた神官がうやうやしく、扉を開ける。
「っ……」
一瞬、光で視界が白くなった。
ダース仮面の下で目を細めた。
巨大な空間。
天井が、はるかに遠い。
等間隔に並ぶ、巨大な白い柱。
赤い絨毯が、まっすぐ奥に続いている。
左右に人々。
白衣の神官たち。
黒い服の騎士たち。
全員が、私を見ている。
——これ、もしかして……
罠……?
心臓が跳ね上がる。
でも、後戻りはできない。
一歩、踏み出す。
スニーカーが絨毯に沈む。
絨毯のはるか先には、御簾。
その前に、モノノーベ。
あの巨体が、こちらを見下ろしている。
「ひれ伏せ! 大世界神スミレ様の御眼前であるぞ!」
朗々たる声でモノノーベが告げ、黄金の杖を掲げた。
あの晩の優しげな声とは、まるで別人だった。
「さあ! ひれ伏せ!」
私は腰を落とした。
片膝をつく。
「大世界神スミレ様、私は貴方様のしもべ、女神三姉妹の黒神でございます」
よし、うまく言えた。
ここに来るまでに考えていた口上だった。
その声に広場で、どよめきが起きた。
思った以上に、声が響くことに驚いた。
「何を言うかッ!」
モノノーベが一歩、前に出る。
「怪しげな術を用い……」
黄金の杖を私に向けた。
『そうだ……』
「偽神に違いない……」
観衆が口々に叫ぶ。
「あまつさえ……神獣玄武を利用しようとした偽神であるとの報告を受けておる!」
モノノーベの大音声が謁見の場に響いた。
どよめきが、ぴたりとおさまった。
「それは、違います……」
私は立ち上がった。
「私たちは——」
「黙れ!!」
モノノーベの怒声が響いた。
全員が、私を凝視する。
その視線が痛い。
「アベーノめは、偽神を担ぎ上げ、大世界神スミレ様の御世を覆さんとしていた。その証拠はある!」
アベーノさん……?
やっぱり、モノノーベに取って代わろうとしていた?
……拷問を受けてる?
「スミレ様…… 我ら女神三姉妹、神の国より、スミレ様のために馳せ参じた者にございます……」
「偽神の分際で直接、大世界神様に話しかけるなど、不敬であるぞ!」
「モノノーベさん。…… この黒神。是非、大世界神スミレ様のお役に立ちたいと思っております」
再び広間にささやきが広がった。
現地語と日本語が小声で飛び交った。
「どの口が、お役に立ちたいと言うか? 白面は逃げ、蛙は騒乱の罪で捕まっておる!」
同意をするような掛け声が飛んだ。
「それは……」
私は言葉を選んだ。
「白面の御神が、自由に動けるようにです……」
それは、賭けだった。
もし柚月がミヤビさんたちと合流していたら……
「白面は、ビャッコを象徴するもの……」
ビャッコの巫女たち。
彼女たちには、武力がある。
もし、それを使えば……
モノノーベへの脅しになる。
「……何を言うか!」
モノノーベの声が緊張を帯びた。
「ロート・フォーゲル卿のモノノフも、我ら女神を守護するもの……」
——これ、私が書こうとしていた小説みたい……
追い詰められた主人公。
最後のハッタリ。
でも、私はただの高校生。
主人公じゃない。
でも、やるしかない。
まさか、自分が、こんなハッタリをかますなんて……
「やはり…… 認めたな…… 叛乱分子どもめ」
「我ら女神を敵に回すようなお考えは、止めた方が御身のためか、と……」
「……」
誰も何も言葉を発しない。
やっぱり、私たちを恐れている……?
女神として、認めて。
お願いだから…… 認めて。
私はダース仮面の下で、心臓が張り裂けそうだった。
『モノノーベよ』
朗々とした声が、御簾の奥から響いた。
スミレの声だった。
『黒神が言う通りじゃ…… 女神三姉妹は、我がしもべである』
流暢な巻き舌の現地語で、モノノーベに話しかけた。
何を言っているのか、私には分からない。
でも、人々の反応で分かる。
『……ッ!!』
観衆が息を飲んだ。
「まさか……」
「大世界神様が……」
小声が飛び交う。
モノノーベの顔色がゆっくり変わっていく。
——スミレさん、私の味方だって言ってくれてる……
「御意に……」
モノノーベがゆっくりとひれ伏す。
しかし、モノノーベは伏せた顔の下で怪しげに目を光らせているのを私は見逃さなかった。
「……大世界神様。……このような怪しげなものの言うことを真に受けては、なりませぬ」
モノノーベは挫けなかった。
小声でさらにつぶやく。
「このモノノーベ…… 大世界神様を騙し、女神を僭称する、このうつけの正体を、暴いてごらんにいれますぞ……」
再び立ち上がる。
「しかしながら、大世界神スミレ様の、御神託があり申した」
私に杖を向けた。
「しからば、女神を名乗る黒神に問う」
私は唾を飲み込んだ。
「女神であるという、証明をせよ」




