27話 処刑台と黒き脱走者
【速報】山形教授が崩落現場で倒れる 体調不良か
群玉県前澤市の崩落現場で23日夜、境界儀礼を行っていた山形隆教授(48)が突然倒れ、救急搬送された。関係者によると、教授は和歌を何度も詠唱した後、「声が…届いた気がする」と呟き、その場に崩れ落ちたという。搬送先の病院で意識は回復したが、「もう一度、境を開かないと」と繰り返しており、医師は「過度の精神疲労」と説明している。警察は現場へ立ち入りを改めて制限する方針。
(群玉新報・28日 06:15)
***
「まぶしい……」
牛車は城門を抜けた。
夕日が大宮殿の白い壁に反射し、私たちを照らした。
白亜の尖塔が目の前に聳えている。
両側には露店が並び、人々が行き交っているのが見えた。
彼らは足を止め、私たちを見ている。
眉をひそめ、何かをささやき交わしているようだった。
——全然、歓迎されて、ない……
通りはさらに賑やかになっていく。
豊かだが、城門の内と外の世界はまるで違った。
「……あれ、見て」
柚月が右側の広場にある建築物に目を向けた。
能面の下の口元に手を当てる。
櫓の上に拘束具と磔にするような板がチラリと見えた。
日向が悲鳴を上げそうになるのを、私は手で制した。
そこに染みついた黒ずんだ血が、西陽に照らされて不気味に光る。
風に揺れる何かの残骸。
腐臭が鼻をついたような気がした。
「……もしかして、処刑台……?」
「最近だよね、あの血の跡……?」
「ヨシーノさん、あんなに死罪、死罪って、怯えてたのは……」
私たちは、ごくりと唾を飲み込んだ。
昔って、死罪って見せ物だったよね……
見せしめ……
本当に、死罪にされるんだ。
私たちは黙り込んだまま、牛車に揺られていく。
通りはさらに人が溢れきている。
人々は牛車を指差し、眉間に皺を寄せている。
本当に、偽神を見ているような視線だった。
気がつくと私はガタガタと震えていた。
「日向、千尋……」
柚月が仮面の下からささやいた。
「前を向いたまま、聞いて……」
柚月の声が緊張を帯びた。
「さっきの通りの右側に、巫女の一人がいた…… 見ないで!」
振り向こうとした私を柚月は制した。
「その後ろにミヤビさんがいた…… 変装してるけど、間違いない」
柚月は一番右側に座っていた。
足元にスザクが寄り添っている。
「手で、何か合図してた」
「え? 何、考えてるの?」
私の困惑をよそに柚月は淡々と続ける。
「私、この服の下にスキニー履いてる……」
「……柚月?」
「すぐ脱げる……」
「……何、するの?」
「あの巫女、着てるもの違ってたけど、他にもいる……」
「……まさか!」
「さっき、目が合ったの。スザクと一緒だったら、逃げられる……と思う」
柚月は左側に座る日向の方に向いた。
「日向、騒いで。助けを呼びにいくから……」
「柚月! 危ないよ…… 変なことしないで……」
私の懇願は無視された。
「分かった。柚月」
日向が覚悟を決めたようにぽつりと言った。
賭けだった。
——ミヤビさんがいた。なら、逃げれば助けてくれるはず……
私たちの中で一番運動神経が良いのは柚月だった。
一人だったら、逃げられるかも。
でも、ここで捕まれば、全員処刑されるかも……?
「絶対、捕まらないで!」
日向が鋭くささやくや否や、大声で怒鳴り始めた。
「ちょっとッ! 止まりなさいッ!!」
日向が立ち上がった。
「もう、限界ッ!!」
牛車の御者に叫んだ。
「こんな神様扱いされてッ?! 魔物と戦わされてッ?! こんな危険な目に遭わせて!」
前に乗り出して、窓枠からモノノフの襟首を掴んだ。
「止まりなさいって! 言ってるでしょ!!」
本物の怒りだった。
目に業火の炎が宿った。
「ふざけんなッ!!」
日向は、なおも怒り狂う。
「私たちは、何も悪いことしてない!!」
御者台の騎士が掴まれた手を振り払うと、日向は悲鳴を上げた。
「きゃー!! 殺される!! この人に暴力振るわれたッ!!」
日向は暴れ始めた。持っていたリュックで御者を打ち付け始めた。
「こんな世界! 腐り切ってる!!」
牛車が揺れた。
叫ぶほどに日向の怒りはヒートアップしていくのが分かる。
「あんたたち!! 外の世界と城の中、どうなってるか知ってるの!!」
リュックを振り回し暴れ回る日向に、私は呆然と見ていることしかできなかった。
御者はたまらず牛車を止めた。
『どうしたッ! 何事かッ!!』
騎士と神官が日向のいる左側に集まってきた。
日向を取り押さえようとしている。
野次馬が増えてきた。
「私たちは、女神よッ!!」
日向がそう叫ぶと同時だった。
白亜の塔の頂から、強い風が吹き下ろした。
それとともに白煙が舞った。
——ビャッコの巫女と、同じ匂い……?
野次馬が一斉に空を見上げる。
視界が白く霞む。
「今だッ! いくよ! スザク!!」
「わん!」
柚月が叫ぶと同時、スザクが吠えて飛び出した。
それに続いて、柚月も軽やかに飛び降りる。
『あっ! 逃げたぞ!』
騎士たちが反応するより早く、柚月は着ていた白装束を脱ぎ捨てた。
宙を舞う紅白の布が、追いかけようとした騎士の視界を塞ぐ。
その下から現れたのは、引き締まった黒のキャミソールとスキニーパンツ。
まるで黒い豹のように、スザクを従えて人混みの中に消えた。
柚月が着ていた紅白の装束が、石畳の上に落ちていた。
日向は口を塞がれている。
暴れる日向は、柚月が人混みに消えるのを確認すると、降参したように手を上げた。
見上げると白亜の塔の上で、何かが光った。
私は胸元の勾玉をまさぐった。
日向は取り押さえられて、連行されていく。
柚月は消えた。
私だけが、牛車の中に残された。
——マカ、ベくん、助けて……
いや、違う。首を振る。
待ってるだけじゃダメだ。
私が、二人を守らなきゃ。
スミレ神…… 大神官モノノーベ……
その二人との対決のチャンスは必ずある。
そのとき、二人を必ず助ける。
勾玉を強く握りしめた。
もう震えは止まっていた。
手のひらの中の勾玉が、どくんと脈打った。
ほんのりとした熱。
それはまるで、誰かの「祈り」が届いたかのような温かさだった。




