25話 散りし巫女の影と神を操る者
Z
Yamagata.T@Guntama.univ ・3時間前
現地に到着した。
崩落現場は、まさに「境界」が壊れた痕跡を示している。
土と岩で塞がれているのは、物理的な空間だけではない。
時間の層、世界の層が、ここで重なり合っている。
娘よ。
父さんは、お前が生きていると信じている。
今夜、境を開く。
必ず、声を届ける。
#境界儀礼 #継体天皇 #崇徳天皇 #四神
コメント 156 引用 89 ハート 1.2K 表示回数 23.4K
↓主なリプライ
@folklore_research
山形教授、応援してます。
境界儀礼の論文、何度も読みました。
あなたの理論が正しいと、今は信じています。
@physics_nerd
オカルトじゃなくて、量子力学的に考えれば
「境界」で時空が歪むのはあり得る。
多世界解釈なら…
@skeptic_always
非科学的すぎる。
大学教授がこんなことやっていいのか?
@yamada_rescue_ob
元消防だけど、現場の危険性を理解してない。
気持ちはわかるが、二次災害が…
***
私たちは揺れる牛車の中で、魂が半ば抜けかけていた。
ゲンブの地を抜けてからというもの、ずっと似たような草原と森の景色だった。
それが、もう四日も続いている。
牛車の車内では簾が身を隠し、お面を被らずに済んでいるのが唯一の救いだった。
「ヨシーノさん。いつ、着くの?」
「分かりませぬ…… 死して、お詫びを……」
「そんなことで、死なないで!」
ヨシーノは緊張しているようだった。
牛車はゆっくりとはいえ、絶え間ない振動が直接響く。
「これ、なんて拷問?」と日向がぼやく。
「ケツ殺しに来てるね、マジで」柚月も同意した。
「狭いし、暑いし……」私はぐったりと項垂れる。
「わんわん!」スザクだけが元気だ。
一人で牛車に乗せられるのは、もう限界だった。
私は女神の権威を使ってアベーノを強引に説得し、三人で乗ることを承諾させた。
ついでにアベーノも後ろの牛車に移させた。
ヨシーノが一人、後ろで静かに控えている。
「マカーベもいなくなっちゃうし……」
日向はため息をついた。
そうなのだ、マカーベはゲンブから立つ翌朝にはすでにどこかに行ってしまった後だった。
ヨシーノに聞かれたくない内容は、夜の天幕でヒソヒソと話した。
「マカ、べくんに、聞きたいこと、たくさんあったのに……」(千尋)
「千尋のこと見てピーコって言ってたよね? ピーコってもしかして、卑弥呼的な感じ?」(日向)
「ピーコって昔の芸能人の名前みたいだよね(笑)」(柚月)
「いたね、おまつもいるのかな?」(日向)
「おまつって……」(千尋)
「マカーベの勾玉って、もともと、どこで手に入れたんだろうな?」(柚月)
「先祖から受け継いだと聞いたけど……」(千尋)
「ミヤビさんと、どういう関係かなあ?」(日向)
「なんか、昔からの知り合いって雰囲気?」(柚月)
「でも、ミヤビさんて、結構、年いってるよね?」(日向)
「大人の女って感じ……」(千尋)
「マカーベって、誰かと付き合ってるのかな?」(日向)
「あれは、モテるよ」(柚月)
——マカ、ベくん……
私は胸元にしまった勾玉が入ったお守りを、白装束の上から確認した。
鞄の中に入っていた巾着の紐をお守りに通して、首にかけていた。
お守りに入れると勾玉はギリギリのサイズだった。
マカーベは多分、勾玉を持っていることを隠している。
私もバレないようにしないと。
デュラハンから勾玉を拾ってきたときには、ロート・フォーゲルのモノノフたちだけだった。あの混乱の中で、彼らは勾玉を私が拾ったことを知らない。
勾玉の重要性も、きっと分かってない。
今日も牛車に揺られている。
牛車の中では、たわいもない会話しかできない。
それでも、何かを話していないと不安で押し潰されそうだった。
女神らしく振る舞うなんてことは、日向には出来ない相談だった。
暇すぎておしゃべりしていないと多分、キレ散らかしてしまう。
「ミヤビさん、マカーベのこと、教えて?」
——日向、ついに、いった!
その日、日向が声をかけた。
牛車の隣でミヤビは、馬に乗っていた。
馬に乗るためには、確かにこの白装束は邪魔だった。
露出が多いのもうなずけた。
車内に緊張が走った。極限まで集中して耳を研ぎ澄ます。
「マカーベは、もともとビャッコの生まれにて、ございます……」
ミヤビは簾の向こうから、答えてくれた。
この牛車の周りは、巫女のみで警護されていた。
さながら男子禁制のようだった。
「で、ピーコって、誰よ?」
ピンと張り詰めた空気が流れた。
「も~」
牛が鳴いた。
「その御名は…… この地では、軽々しく、申せぬものにて、ございまするが……」
牛車が軋む音がした。
ヨシーノが息を呑む気配がした。
ミヤビは続ける。
「ビャッコの神殿にて…… 命を落とされし、巫女にございます」
——死んだ……?
「ビャッコの眷属に挑み、守り抜き、散りし、巫女にて……」
マカーベくんは…… ピーコを…… 守れなかった……?
「マカ、ベくん……は? そのとき……?」
「……」
私のつぶやきには、沈黙が返ってきた。
サイクロプスを一撃のもとに、切り伏せたマカーベ。
あの時のどこか、影のある顔を思い出した。
「千尋?」
日向が私の手を握った。
「……なんでもない」
それきり私たちは黙った。
——神殿で、命を落とした……
鬼、魔性のもの、玄武…… そして、ビャッコの眷属……?
ここは、命の危険がある。
私もピーコさんみたいに、いつ死ぬか、分からない。
マカーベは、私を見てピーコさんを思い出したんだ……
胸の奥が、じくじくと痛んだ。
これが嫉妬というものなのかもしれなかった。
「も~」
牛が鳴いた。
——こんなこと考えてたら、ダメだ……
でも、止められない。
マカーベくんにとって、私はピーコの代わり?
それとも……
牛車は止まることなく歩んでいく。
*
「まもなくで、ごじゃります……」
翌日の夕方だった。
峠を登り切った先、木々の間に街が見えてきた。
ファンタジーでよく見る城塞都市のようだった。
その真ん中に一際大きい塔を持つ城が見えた。
「きれい……」
「大きなお城……」
「あそこがロート・フォーゲルさんのお城?」
「ご褒美、もらえるんでしょ?」
何気なく発した言葉にヨシーノが答えた。
「あれは、大宮殿にて、ごじゃります……」
ゲンブの神殿を出てから五日。
この世界に来てから十一日が経っていた。
牛車はようやくスザクの都を視界に捉えた。
「ロート・フォーゲルさんが、一番偉いの?」
日向がヨシーノに問いかける。
ヨシーノは質問の意味が分からなかったのか、言葉を詰まらせた。
「偉い人は誰? 王様? 神様?」
「……大世界神、スミレ様で、……ごじゃります」
ヨシーノは、ゆっくりと言った。
その口調は、否定的な響きを持っていた。
「スミレさま……? 大世界神……?」
——スミレって、もしかして、別の転移者……?
「ヨシーノ殿、我は先に大神官殿に、挨拶に行かせていただく……」
馬上のミヤビが後席のヨシーノに声をかけた。
「ミヤビさん? スミレ神って…… ほかにも、神様がいるの……?」
日向が不安そうに問いかけた。
「女神さまがた…… あれは神では、ござりません」
ミヤビが鼻を鳴らすように言った。
「我はこれにて。都でまたお目にかかりましょう」
——もしかして、他の転移者……?
「でも、一番、偉いんでしょ?」
私は嫌な予感がして、ヨシーノに聞いてみた。
「それは、違います」
ヨシーノは声をひそめて断言した。
「実権を握りしは、大神官、モノノーベで、ごじゃります……」
そして吐き捨てるように言った。
「……神よりも、神を操る御方にて……」




