23話 女神降臨
Yafooニュース【速報】
【行方不明JK3人 捜索6日目 「掘削は危険」と消防が判断】
群玉県前澤市で行方不明となっている女子高校生3人の捜索が6日目を
迎えた。23日、現場を視察した消防本部の会見によると、崩落現場の
地質調査の結果、「これ以上の掘削は二次崩落の危険性が極めて高く、
救助隊員の命も危険にさらされる」として、掘削作業を中止する方針を
明らかにした。
一方、山形千尋さん(16)の父・山形隆教授(48)は「物理的な
掘削以外のアプローチがあるはずだ」と主張を続けており、23日に
現地入りすることが分かった。教授の「境界儀礼」理論に基づく調査を
独自に行う意向を示している。
(群玉新報・23日 08:15)
コメント欄:
⚪︎ worried_mother
6日目……もう72時間を過ぎてる
でもメールは来てた
まだ諦めたくない
返信 67 共感した 725 なるほど 35 うーん 4
⚪︎ local_resident_45
消防の判断は正しい
でも父親の気持ちも分かる
「他のアプローチ」って何ができるんだろう
返信 21 共感した 634 なるほど 19 うーん 26
⚪︎ rescue_expert
元救助隊員だけど、正直このケースは……
でも諦めたくないよな
家族はもっと辛いはず
返信 15 共感した 567 なるほど 12 うーん 45
***
『マジヤバエ!』が鳴り響く中、突風が吹いた。
ダース仮面のマントがはためく。
夕陽が、湧き出した雲に遮られていく。
雨雲だった。
それは玄武が湖底に姿を消したと同時に現れた。
まるで玄武が雨雲を呼んだように、入れ違いに空を覆っていく。
「……もう無理」
日向がぼそっと呟いたのが聞こえた。
私は日向を振り返った。
空から落ちてきた雨が、石畳に黒い染みを作る。
「こんなの…… ふざけてる……!」
その叫びと同期したように、稲妻が走った。
その叫びは降り出した雨音と雷鳴にかき消された。
「意味が分かんないんだけどッ!!」
日向が叫び終わった時、それは瞬く間に豪雨となった。
私たちは瞬く間に、雨に打たれてびしょ濡れになっていく。
「日向……?」
日向の握りしめた拳がぷるぷる震えていた。
——まずい、日向がキレた。
キレた日向は、何をするか分からない。
「おぉぉ…… 蛙神さまが、雨をお呼びになり申した!!」
ミワーノが泣きながら叫んだのを、私は聞き逃さなかった。
「違うっ!!」
日向がミワーノの方に振り向いた。
「私たちは……ッ!!」
「日向ッ、ダメ!」
これ以上、日向が何かを叫んだら、また状況は悪化してしまう。
「私たちはッ! ただのッ! 人間ッ!」
だが、日向に私の制止は効かなかった。
「ただの女子高生ッ!!」
豪雨の中、なおも日向は叫んだ。
「神様なんかじゃ! なーいッ!!」
高らかに日向は宣言した。
「おうちにッ! 帰りたいッ!! それだけッ!!」
日向が両手を振り上げて叫んだとき、ケロッパのお面のゴムが切れた。
「……あっ」
蛙のお面が、スローモーションのように石畳に落ちていく。
稲光が日向の顔を照らし出した。
遅れて一際大きい雷鳴が轟いた。
マカーべの顔が固まった。
アベーノが白目を剥いた。
「やば……」
階段に片膝をついていたモノノフたちの視線が、日向に突き刺さった。
『め、女神…… だ……』
前にいたモノノフが何かをつぶやいた。
『御主神さまは、女神さま、だった!!』
その叫びが豪雨の中、響き渡った。
『蛙神の、女神さまが、恵みの雨を、おもたらしに、なられた!!』
群衆は雨の中、さらに熱狂的になっていく。
ゲンブの村人たちが手を天に掲げた。
「おぉぉ…… なんという事…… 玄武さまは、すべて、お見通しだった…… 我らの御主神は、女神にて、そふらふ……」
アベーノが驚愕の声を上げる。
その反応は、私の想像を超えた。
私は、はっとしてミヤビの反応も、確認しようとした。
そのとき、柚月も能面を外そうとしていた。
「な、なりませぬ! 尊いお素顔をさらしては、我らは、死罪になり申す……」
ヨシーノが青ざめた顔で叫んだが、柚月はすでに能面を外していた。
「お面、暑いし、息苦しいし、なんか、大丈夫そうだし?」
「千尋も、仮面取っちゃえ!」
「えっ……?」
日向がダース仮面に手をかけた。
「ダメ…… 取ったら……」
強引に仮面を脱がされたとき、後頭部にお団子にまとめていた髪が解けた。
背中まである髪がヘルメットからこぼれて、雨に打たれた。
目を見開いたマカーベと視線が合った。
「……ピー、コ」
小さな声だった。その口がそう動いた気がした。
マカーベの手が伸びて、止まった。
視線が交わる。
「マカ、ベ……くん?」
しかし、次の瞬間、マカーベは慌てて深く顔を下げた。
「オン、アルジ、女神サマ……」
——やめて…… そんなのじゃない……
ただの女子高生……
私は、胸が締め付けられるのを感じた。
目元に熱いものが、込み上げる。
流れるそれは、雨なのか、涙なのか、分からなくなっていた。
素顔を晒した日向と柚月も、この成り行きに困惑しているようだった。
「……ちょっと、死罪は?」
「こんだけの人、死罪に出来ない。しかも、ヌッシーに私たち、神認定された」
柚月がマイペースに指摘した。
「ヌッシーって、さっきの亀のこと?」
日向が突っ込みを入れる。
「ちょっと、これ、どうするのよ?!」
私は頭を抱えた。ヌッシーなんて、どうでも良かった。
——もう、マカーベは…… もうきっと、同じ人として、私たちを見てくれない……
これだけの大衆に、女神とあがめられた。
身分違いなんてものではない、次元の違う、何か見えない壁に引き裂かれるような絶望感が私を襲った。
「なるようにしか、ならないよ」
「……」
柚月はそう無責任なことを言って、ため息をついた。
「女神……? まことに……」
ミヤビの震える声が後ろから聞こえてきた。
その声に私の背中に悪寒が走った。
——もう、知らない……
私は振り返るのも、もうどうでも良かった。
「……千尋、見て」
日向に促され、仕方なしに振り向く。
『まことに……』
ミヤビの美しい黒髪から、黒い雫が滴り落ちていた。
雨に洗い流されたその髪は、根元から鮮やかなブロンドに変わっていく。
白装束が墨汁で汚れたように黒い染みを作っていた。
「嘘、染めてたの……?」
私は呆然としてつぶやいた。
その後ろにいる巫女も本来の髪の色が現れていた。
黒髪の巫女は一人としていなかった。
『黒髪、黒眼…… まことに、女神様の、御降臨……』
ミヤビが顔を上げた。
その目には、涙が溢れていた。
「我らが、女神さま…… 『偉大なる母』の伝承は、本当だった……」
ミヤビは目を見開き、そしてさっと目を伏せた。
「……四神を解放するもの。そのものが女神なり」
アベーノが呆然としたようにつぶやいた。
「ビャッコの女神は…… 黒き髪、黒き瞳、若き御姿にて…… この地に降り立ち給う……」
——偉大なる母? 転移者……? 別系統の……?
「ものども! 頭が高い!」
ミヤビは雨の中、平伏した。後ろの巫女もそれに倣う。
「女神さま…… 我ら、シラーギ一族は、代々、女神さまを慕い…… 髪を黒く…… 染めて参りました……」
ミヤビの声が、喜びと畏怖で震えている。
「まさか…… この目で…… 女神さまの再臨を…… 拝せる日が来ようとは……」
ミヤビが肩を震わせた。
「御主神さま、まさしく…… 我らの現人神さまは、女神さま…… まさしく、まさしく……」
アベーノが咽び泣いている。
「女神さまならば…… 御面を外されるも…… 当然の理にて…… そふらふ……」
——死罪じゃないんだ……
「御尊顔を拝せることこそ…… おお…… 美しい…… 至上の恩寵……」
アベーノは、私たちをちらりと見て頭を石畳に擦り付けた。
「ちょっと…… どうすんのよ、これ」
日向が困惑した顔で言った。
「こっちが聞きたいよ」
私は日向と柚月を見た。
びしょ濡れで仮面を外した二人。
「ヤバいよね……」
「ごめん……」
日向がぽつりと言った。
「私が、キレたから……」
「ううん……」
柚月が首を振る。
「……いつか、こうなってた気がする」
いつの間にか雨は上がっていた。
湖に虹がかかっていた。
「……本当に、帰れるの?」
私はぽつりとつぶやいた。
「神様じゃないって、言ったのに…… 逆に女神になっちゃったか……」
「……でも、勾玉、集めれば……」
柚月が言いかけて、口をつぐんだ。
——集めたら、帰れる?
三人で、虹を見上げる。
この先の展開は、虹の境界線のように、あやふやだった。




