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第248話 『岩山の蛮族』

 プリシラは山の中を用心しながら進んでいった。

 王国兵らの目に留まらぬよう、彼らの姿が少ない方へ少ない方へと進み、山岳都市イグリッドの方角を目指す。

 この辺りの山は木々が少なく、ゴツゴツとした岩ばかりの山肌が続いていた。

 人1人が通れる程度のわずかな細い道が続くばかりだ。

 馬車はもちろんのこと、馬でも通るのは困難だろう。


 プリシラは岩の間に身を隠しながら、足元の悪い急斜面の道をえて進んで行った。

 すぐ右手はほとんどがけに近い急斜面となっており、十数メートル下には谷川が流れている。

 川幅はそれほど広くないものの、この辺りの豊富な地下水のおかげか水量は多かった。


「さすがに王国兵もこんな場所を見回りはしないか。誰もいないものね」


 プリシラは勾配こうばいの激しい山道をものともせずに登り下りしながら進む。

 彼女は現在13歳。

 ダニアの女が急激に体が大きくなり、運動能力が急成長する年頃だ。

 母であるブリジットからも聞いているが、13歳から15歳くらいの時期が最も自分の成長を感じたそうだ。

 

「歩くのも慣れてきたな」


 ダニアを出てから最初こそ馬や船を使ったが、その後は歩き通しである。

 当初は長距離の歩行に疲れを感じもしたが、歩けば歩くほどそれに慣れてきた。

 今はそれほど疲れを感じずに歩けている。

 長い歩行に足が慣れてきたのだ。 

 しかしプリシラはこの旅で自分が日一日と成長しているのを感じているものの、慢心はしていない。


「王都にチェルシーがいたとしたら……もう一度戦うことになる」


 ここまでチェルシーとは4度に渡って戦ってきた。

 最初はほとんど歯が立たなかったが、2度3度と戦いを重ねるうちに少しずつ渡り合うことが出来るようになってきた。

 4回目はエミルの手助けがあったからというのもあるが、それでもチェルシーに一矢いっしむくいることが出来たのだ。

 しかし……まだ自分がチェルシーを打ち負かせるとは思えない。


「何か……チェルシーの知らない戦闘技術があれば……」


 そんなことを考えながら歩いていたその時だった。

 頭上で何かがぶつかるような音がけたたましく響き渡ったのだ。

 反射的に上を見上げると、斜面の上から巨大な岩がプリシラのいる方へ転げ落ちてきたのだ。


「えっ!」


 プリシラはおどろいて立ち止まり、大岩が転がって来る方向を見定める。

 下手に動けば右手のがけ下に転げ落ちてしまうだろう。

 果たして大岩はプリシラに向かって来るが、途中で斜面の出っ張りにぶつかり大きく宙を舞った。

 そしてそれはプリシラの前方数メートルのところに落下し、道をふさぐような格好で止まった。


「ふぅ……ビックリした」


 冷や汗をかいて安堵あんどの息をつくプリシラだが、次の瞬間、彼女はあわててその場にかがんだ。

 そんな彼女の頭のすぐ上を一本の矢が通り過ぎていく。


(王国兵!)


 そう思った彼女だが、その耳に響いてきたのは奇妙な叫び声だった。

 プリシラが顔を上げると、大きな角を持つ体格の良い山羊やぎが数頭、急斜面を駆け下りて来る。

 プリシラがおどろいたのはその角山羊つのやぎの背に男たちが乗っていることだった。


 男らは角山羊つのやぎと同じ角を取り付けたかぶとを一様にかぶっており、手にはなたやら槍やら弓矢やらの武器を持っていた。

 甲高い嬌声きょうせいを上げる彼らを背に乗せて、体格の良い角山羊つのやぎたちはほとんどがけのような急斜面を平然と駆け下りてくる。

 それは王国兵とはかけ離れた異様な集団だ。


「山賊? くっ……よりにもよってこんな場所で」


 プリシラは道をふさいでいる大岩を見上げた。

 2メートル近くはある。

 だが彼女はそんなことはものともせず、助走をつけると跳躍ちょうやくして大岩を飛び越えた。

 プリシラの跳躍ちょうやく力におどろいて声を上げる山賊たちだが、大岩を跳び越えて走っていくプリシラを追って方向転換していく。


 彼らの角山羊つのやぎを操る技術は卓越していて、急斜面の中から足場を的確に踏んでプリシラを追ってくる。

 逆にプリシラは足場の悪い慣れない斜面を走らねばならず、徐々に追いつかれつつあった。

 男たちは口々に声を上げるが、彼らのしゃべる言語はプリシラには理解できないものだ。


蛮族ばんぞくだわ)


 かつてはダニアも蛮族ばんぞくと呼ばれていたし、建国した今でも蛮族ばんぞく扱いされることは多々ある。

 しかしダニアは大陸の共通言語をしゃべっていて、どこの国の民とも意思疎通が出来た。

 だがこの大陸には独自の言語を持つ少数部族もわずかだが存在するのだ。

 しかし王国の山岳地帯に角山羊つのやぎに乗る部族がいるということはプリシラも知らなかった。


 彼らはプリシラの行く手をはばもうと弓矢を射掛けてくる。

 どう見ても友好的な態度ではない。

 とにかくこの急斜面ばかりの場所では戦うこともままならなかった。

 ここは彼らの領域なのだ。


 プリシラは逃げの一手を決め込み、懸命けんめいに斜面を駆け下りていく。

 岩を飛び越え、足を踏み外さないように踏ん張る。

 だが、ついに敵に追いつかれてしまった。

 角山羊つのやぎに乗りながらプリシラのすぐとなりを並走する男は、なた容赦ようしゃなくプリシラの頭に打ち下ろす。

 プリシラは急停止してそれを必死に避けた。


(殺す気だわ。生かして捕らえるつもりはないってことね)


 立ち止まったプリシラは角山羊つのやぎに乗る男らの風貌ふうぼうを見た。

 彼らは皆、体のどこかに人間のものと思われる頭蓋骨ずがいこつひもなどで結わえ付けている。

 プリシラはゾッとした。

 この大陸には人間を殺して食べる食人族の怪奇譚かいきたんがある。

 実際にそんな者たちがいるという記録はないが、頭骨を誇らしげに身に着ける彼らの風貌ふうぼうはいかにも恐ろしかった。


「食べられてたまるもんですか!」


 プリシラは剣を抜き放つと、男たちの振り下ろすなたおのなどの武器を弾き返し、再び駆け出した。

 飛んでくる矢を避け、突き出される槍を剣でいなしながら走り続けるプリシラだが、ふいに足首に何かが巻きつくのを感じた。

 途端とたんにプリシラは足を引っ張り上げられて転倒してしまう。


「あうっ!」


 プリシラはそこで初めて気付いた。

 地面の土の中に、足を引っ掛けるためのなわわなとして仕掛けられていたことに。

 そしてわなにかかったプリシラを引き寄せようと山賊の男がなわを引っ張った。

 プリシラは地面を引きずられる。


「くっ! このっ!」


 だがプリシラは腰帯から短剣を抜き放つと、なわを引っ張っている男に向けて鋭く投げ放った。

 高速で宙を切り裂く短剣は、なわを持つ男の腕に突き刺さる。

 男はたまらずにギャッと悲鳴を上げ、なわを手放して角山羊つのやぎから転げ落ちた。

 プリシラは即座に立ち上がり、足にからんだなわつかんで引きちぎる。

 だがその瞬間、彼女は大きくバランスをくずした。

 

「きゃっ!」


 なわに引きずられたプリシラはがけギリギリのところに追い込まれており、そのことに気付かずに立ち上がった。

 だがその途端とたん、足元の地面がいきなりくずれてプリシラは足場を失ったのだ。

 彼女の体は急斜面へ投げ出される。


「くっ!」


 プリシラは滑落かつらくを防ぐために必死に斜面をつかもうと手を伸ばした。

 しかしその手はむなしく宙をかく。


「っあああああ!」


 プリシラは空中に投げ出されて、十数メートル下へと落下していった。

 そして彼女は急斜面の底に流れる川面かわもへと激しく水飛沫みずしぶきを上げて落水するのだった。


☆☆☆☆☆☆


「プハッ!」


 ガイは水から顔を出し、水路の側道によじ登った。

 山岳都市イグリッドの宿で王国兵に襲われ、アーチボルトによって井戸に投げ込まれたガイはその後、井戸の底に流れる地下水路に流され続けること数十分。

 ようやく流れのゆるやかになった場所でガイは水から上がったのだ。


 地下水路といっても天然の洞窟どうくつのようなものだ。

 頭上の岩の天井には隙間すきまが多く、地上の光が差し込んでいるため視界は悪くない。

 おそらくもうイグリッドの街の外へ出ていることだろう。

 側道に座り込んだガイは今も体の震えが止まらなかった。


 冷たい水の中を流され続けて全身がズブれだ。

 だが、寒くはなかった。

 逆だ。


 体が熱かった。

 頭も熱かった。

 震えているのは怒りのためだ。


「隊長……」


 自害したアーチボルトの最後の姿が頭から離れない。

 アーチボルトはガイを助けるため、自らを犠牲にしたのだ。

 もちろん任務に失敗した青狐隊ブルー・フォックスの隊員は捕虜ほりょになる前のすみやかな自害を推奨すいしょうされている。

 アーチボルトは忠実に隊規にじゅんじたのだ。


 しかし自害すべき役回りは自分のはずだった。

 隊長のように青狐隊ブルーフォックスへの貢献度が高い者こそが生き残るべきだった。

 ガイはそのことが悔やまれてならなかった。

 経験豊富なアーチボルトは死に、未熟なガイは生き残ったのだ。


「隊長ぉぉぉぉ!」


 ガイは怒りにえて、拳を岩壁に叩きつけた。

 自分を許せなかった。

 幾度いくども拳を叩きつけて慟哭どうこくするようにえた。

 その時だった。


 ガイの声に反応したかのように、どこかから足音が響き渡ってきたのだ。

 ガイは顔を上げて前方に目をらす。

 地上から差し込む光が数人の男たちを浮かび上がらせる。

 それは山羊やぎの角の付いた奇妙なかぶとをかぶった一団だった。

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