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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第247話 『何のために誰がために』

 山岳都市イグリッド。

 青狐隊《ブルー・フォックス》の5人が今夜の宿泊先にしている3番街の宿では、隊員の3名が夕飯の買い出しに出かけている。

 今後の動きを再確認するべく食事は部屋で打ち合わせをしながら摂《と》ろうということになったのだ。


 部屋の留守番を務めるガイは2階の部屋の窓から中庭を見下ろした。

 午後の中庭では調理場で下働きをしている下女らが井戸から水を汲《く》んでいる。 

 山岳都市とはいえすぐ近くには湧《わ》き水の流れ込む湖があるなど、水は豊富だった。

 これはこの山脈地帯の地下を流れる豊かな地下水脈が影響していた。


「ガイ。あまり気を張り続けていると魂《たましい》が抜け落ちるぞ」 


 そう言って背後から声をかけてきたのはガイと共に留守番を務める隊長のアーチボルトだ。

 彼はその手に湯飲みを持っており、注がれた紅茶が湯気を立てていた。

 アーチボルトはその湯飲みをガイに手渡した。


「飲め」

「……ありがとうございます」


 ガイは湯飲みを受け取ると温かい紅茶をゆっくりと飲む。

 そして体がわずかに温まるのを感じると、顔を上げてアーチボルトに問いかけた。


「隊長は……長く任務を続けて嫌になることはありましたか?」


 若いガイの問いかけに老練なアーチボルトは肩をすくめる。


「若い頃はそういうこともあったな。こんな暮らしをずっと続けていくのかって。特に街でロクでもない酔っ払いやら悪たれを見た時は、こんな奴らの住む場所を守るために俺は身と心を削《けず》っているのかって悪態をつきたくなる時もあった」

「それでも……続けて居られるのは何故《なぜ》ですか?」


 ガイは今この青狐隊《ブルー・フォックス》に所属し、任務をこなすことに迷いを感じてはいない。

 だが、アーチボルトのように長くこの任務に従事し続けて、それでも迷わずにいられることが想像できなかった。

 そんなガイの問いにアーチボルトはふと笑って言う。

 

「おまえたちがいるからだ」 

「……俺たちが?」

「ああ。俺の後に続いてこの修羅の道を歩く者たちがいる限り、俺は前を歩いておまえたちに道を示し続けなければならない」


 そう言い切るアーチボルトの顔には、部隊を預かる長としての責任感と覚悟がしっかりと刻まれていた。

 長い年月をかけて練り上げられたその鉄の意思は、まだ若いガイを怯《ひる》ませる。


「隊長……俺も隊長のようになれるでしょうか」

「やめておけ」

「えっ?」


 思わず肩透かしを食らったようにガイは唖然《あぜん》とした。

 そんなガイを見てアーチボルトは楽しげに笑った。


「今まで言ってきたことと矛盾《むじゅん》するから混乱するかもしれんがな……どんな生き方をしようと自由だ。もちろん……自由を貫くには大きな責任が伴《ともな》うがな。それでもおまえが望むなら、おまえの生き方を誰にも止められはしない」


 予想もしなかったアーチボルドの言葉にガイは困惑する。


「隊長……俺にはよく分からな……」


 しかしガイがそう言いかけた時、アーチボルドの雰囲気《ふんいき》が一変した。

 その目が大きく見開かれ、何かを察知して身を低くする。

 ガイも弾かれたように湯飲みを放り出して身を低くした。

 そのすぐ直後、開かれた窓から一本の矢が飛んできたのだ。


 その矢は2人の頭の上を越えて床に突き立つ。

 同時に鏃《やじり》に取り付けられていたと思《おぼ》しき小袋が破裂し、真っ赤な粉末が舞い散った。


(目潰《めつぶ》しだ!)


 即座にガイは壁に立てかけておいた剣を手に取った。

 その間にアーチボルトは床に突き立った矢に外套《がいとう》を被せ、目潰《めつぶ》し粉の飛散を最小限に食い留める。

 それでも目にピリピリとした痛みが走った。

 同時に部屋の扉《とびら》が蹴破《けやぶ》られて、王国軍兵士が飛び込んでくる。


「曲者《くせもの》! 動くな!」


 王国軍兵士が槍を構えてそう言った瞬間には、ガイはその穂先を避けて剣を閃《ひらめ》かせた。

 王国兵は無残に首を斬り裂かれる。


「ひぐっ……」


 血飛沫《ちしぶき》が舞い散り、槍を持っていた兵士が短い悲鳴を漏《も》らして床に崩《くず》れ落ちる。

 アーチボルトもガイも知る由《よし》も無い。

 公安兵の巡回が内部事情によって予定していた順番が変更されたことを。

 その変化が悪い運命の波となって青狐隊《ブルー・フォックス》を襲ったのだ。 

 そして扉《とびら》の蹴破《けやぶ》られた入口からは、槍を持った兵士らが続々と押しかけてきた。


「脱出だ!」


 アーチボルトは叫び、窓枠《まどわく》に足をかけた。

 だが、すでに中庭には数十名の兵士が待ち構えている。

 それでもアーチボルトは躊躇《ちゅうちょ》することなく2階から中庭へと飛び降りた。


「強行突破!」


 アーチボルトに続いてガイも中庭へ飛び降りる。

 すでにアーチボルトが王国兵らをすさまじい勢いで斬り伏《ふ》せていた。

 青狐隊《ブルー・フォックス》の隊員は皆、厳しい武術訓令により高度な戦闘力を身に着けており、並の兵士では歯が立たないほどだ。


 だが敵の数が多過ぎた。

 アーチボルトは包囲網《ほういもう》を突破するために強引に敵に斬り込んでいく。

 そのせいで敵の槍を腕や足に浴びてしまい、傷ついて出血し始めていた。


「殺すな! 生かして捕らえよ!」


 兵士たちの後方でそう叫ぶのは、先ほど挨拶《あいさつ》を交わしたばかりの、この街の部隊長だ。

 彼はその顔を怒りに染めている。


「貴様ら! 公安兵に成りすますなど大罪だぞ! よくも謀《たばか》ってくれたな!」


 部隊長の怒声を無視してアーチボルトはひたすら強引に進む。

 ガイはその後に続いて敵を斬り伏《ふ》せていくが、強行突破の陣形は先頭を務める者が著《いちじる》しく傷つき疲弊《ひへい》してしまう。


「俺が先頭を!」


 そう叫んで前に出ようとするガイだが、アーチボルトは一切その声に耳を傾けずにひたすら前進する。

 もうその両腕や両足は槍で斬り裂かれて血だらけになっていた。

 そしてアーチボルドの進む先には中庭の井戸がある。

 ガイは瞬時に悟った。

 アーチボルトは己《おのれ》を犠牲にしてガイをこの場から逃がすつもりだと。


(止めないと。強引にでも止めないと。アーチボルト隊長はこんなところで死んでいい人じゃない)

 

 井戸の下には地下水路が流れていて、その水の流れに乗れば街の外まで出られる。

 だからアーチボルトは井戸を目指しているのだ。

 ならば逆に自分が犠牲になってでもアーチボルドを助けなければならない。

 青狐隊《ブルー・フォックス》の隊長はその豊富な経験で隊員たちをこれからも導かねばならないのだから。


 こんな末端の若造1人のために死なせるわけにはいかない。

 そう思ったガイはアーチボルトの肩に手をかけた。

 だがその瞬間、ガイの体は宙を舞っていた。

 アーチボルドがすさまじい身のこなしでガイの腕を取り、一瞬で体勢を入れ替えるとガイを投げ飛ばしたのだ。

 ガイの体は高々と宙を舞い、そのまま井戸へと落ちていく。


「おまえは生きろ!」


 アーチボルトはそう叫び、ガイは井戸の中へと落ちていく。

 ガイが最後に見たのは、王国兵らに周囲を取り囲まれたアーチボルトが、短剣を躊躇《ためら》うことなく自分の喉《のど》に突き立てて自害する壮絶な末期《まつご》の姿だった。

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