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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第249話 『地下水路』

 水の中を流されながらプリシラは握った剣を必死に鞘《さや》に戻す。

 流れは速く、しかも段差を下っていくため、プリシラは頭を打たぬよう両腕で頭部を守るのが精一杯だった。

 崖《がけ》から転落して川面《かわも》へ落ちた時は体の痛みを感じたが、骨などは折れてはいないと自分でも分かる。

 幸運だった。

 流れる川面《かわも》ではなく地面に叩きつけられていたら、最悪の場合は命を失っていただろう。


 しかし川を流されていくうちに視界が急に暗転した。

 その理由が分かり、プリシラは思わず恐怖を感じる。

 水の流れが地上から地下に入り込んだのだ。

 急な暗転で目が闇《やみ》に慣れず、水の中で何も見えなくなってしまうため対処が難しい。


 しかも水が地中の穴《あな》の中を通っているようで、空気を吸うために水面に顔を出そうにも空間が無さ過ぎてままならない。

 プリシラは必死に息を止めたまま堪《こら》え、とにかく体を丸めて頭を守る。

 すでに最後に呼吸をしてから1分ほどが経過していた。

 徐々に息が苦しくなり始める。


 ダニアでは川での遊泳訓練や湖での潜水訓練なども行っていたが、プリシラは水中で息を止めていられるのは、せいぜい2分ほどだった。

 このまま息が吸えなければ窒息《ちっそく》してしまう。

 死への恐怖にプリシラは必死に耐えた。


(息を……何とか息を……)


 プリシラは暗闇《くらやみ》の水中で目を開け、生きるために必死に周囲に目を凝《こ》らす。

 すると……前方に突如として一筋の光が差し込んでいるのが見えた。

 プリシラは弾かれたようにそちらの方角に泳いでいく。

 酸素が足りずに肺が悲鳴を上げているが、それでも体を必死に動かした。

 そして光の差し込む水面の上を見た。


(空間がある!)


 プリシラは最後の力を振り絞《しぼ》り、水を蹴《け》って浮上する。  

 まるで光を求めるかのように上へ上へと。 

 水面までがひどく遠くに感じる。

 それでもプリシラは水面を突き破るようにして顔を水上に浮上させた。


「プハアッ!」


 急に酸素が取り込まれたことで頭がクラクラとしたが、プリシラは落ち着いて立ち泳ぎをしながら空気を吸い込む。

 体中の細胞が求めていた酸素が満ちていき、プリシラはようやく生きた心地がした。

 気持ちが落ち着いてくると、自分が置かれている状況が見えてくる。

 プリシラが今いるそこは、地下の空洞だ。


 10メートル近くはある天井にはそこかしこに隙間《すきま》が開いていて、そこから太陽の光が差し込んでいる。

 プリシラは水面から顔を出したまま周囲を見やる。

 水があちらこちらの岩壁の隙間《すきま》から流れ込んできていた。

 

「地下水脈だわ。上に登ってあの隙間《すきま》から外に出るのは無理だそうだけど、どこかに地上に出る出口があるはず」


 プリシラはもう一度大きく息を吸い込むと、思い切って水中へ再び潜った。

 そこからは地中の穴《あな》の中を泳ぎながら、光を頼りに時折水面に顔を出して呼吸をしながら、水の流れの中を進んでいく。

 するとやがて一段と広い空間に出た。

 そこから先は、流れる水の脇に側道のような岩肌が見えた。

 プリシラはホッと安堵《あんど》して、そちらに泳いでいき、水から上がって側道へと上陸を果たしたのだ。


「ふうっ……地面に足が着くのっていいものね」


 ようやく水から上がれたプリシラはしばしそこで座りながら休憩を取る。

 全身がズブ濡《ぬ》れだった。

 ひとしきり休むとプリシラは剣を鞘《さや》から抜き、鞘《さや》の中に溜まっていた水を捨てる。

 そして濡《ぬ》れてしまった刀身を乾かすために、抜き身の剣をブンブン振りながら側道を歩き出した。


 足元は岩でゴツゴツとした天然の道であり、歩きにくい。

 しかし頭上から光が差し込んでくれているので、足元は明瞭だった。

 プリシラは水路に沿った側道を歩き続ける。


 時折、天井が低くなっているため屈《かが》んで進まなければならない場所もあった。

 そして30分ほど歩き続けた時だった。

 水路を流れる水面に、何かが浮かんで流れていくのをプリシラは目にしたのだ。


「あれって……」


 それは小さな木製の食器だった。

 その小ささからして子供用のものだ。

 その他にも赤いトマトやリンゴの芯などが流れていく。

 いずれも生活臭のあるものだ。


「もしかして……近くに井戸がある?」


 地下水路から流れるタイプの井戸では時折、食器類や野菜類などを洗おうとした人が誤ってそれらを落としてしまったり、あるいは食べ残しを故意に捨てたりすることがある。

 井戸があるということは街があるということだ。

 水の中を流れ流れてイグリッドの街の近くまで来たのかもしれない。

 そう思い、プリシラは水の流れの上流に引き返そうとした。


 その時だった。

 前方から男の叫び声が響き渡ってきたのだ。

 プリシラは思わず足を止める。

 その叫び声が立て続けに二度三度と響いてきた。


(地下水路の中に……誰かいる!)


 プリシラはようやく乾いた抜き身の剣を握ると、声の聞こえる方へと用心深く進んでいった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ガイは山羊《やぎ》の兜《かぶと》を被った蛮族《ばんぞく》たちが自分に襲い掛かって来るのを見て、恐れよりも鬱憤《うっぷん》が晴らせる喜びを感じていた。

 隊長のアーチボルトを失った怒りをぶつける相手が欲しかったのだ。

 蛮族《ばんぞく》がなぜこんな地下水路にいるのかなど、どうでもよかった。


 彼は水で濡《ぬ》れた剣を抜き放つ。

 それはガイが愛用している湾曲刀だ。

 アーチボルトからガイにこの剣が合っているだろうと勧められたものだった。


 蛮族《ばんぞく》の男らは手にした鉈《なた》でガイに斬りかかる。

 しかし彼らが振り下ろしたそれはガイに当たることはなかった。

 ガイの動きはまるでユラユラと風に舞う木《こ》の葉のようであり、捉《とら》えどころがないのだ。

 そしてそこから繰り出されるガイの剣すじは見えない刃のように速く、男らの首を斬り落としていった。

 

 襲ってきた数名の敵は全員死んだ。

 だがガイの気分はまったく晴れはしない。

 逆に虚《むな》しさばかりが募《つの》った。


 自分の剣はこんな蛮族《ばんぞく》を斬り捨てるためにあるのではない。

 アーチボルトと共に青狐隊《ブルー・フォックス》の任務を果たすためにあるのだ。

 ガイは足元に倒れる数人の蛮族《ばんぞく》の遺体を見下ろした。 


「……任務を果たさなければ。隊長はそのために俺を生かしたんだ」


 この任務を果たさなければアーチボルトは何のために命を捨てたのか分からなくなる。

 それはガイにとって到底承服できないことだ。


「隊長。1人でも……俺1人でも必ずこの任務を成功させます」


 ガイは拳を握りしめる。

 その時だった。

 前方からさらに多くの人間が押し寄せてくるのが見えた。


 今しがた斬り捨てた蛮族《ばんぞく》と同じ格好の者たちだ。

 だが今度はその数が数倍に及ぶ。

 おそらく20人以上の敵がいるだろう。

 それでもガイは怯《ひる》まなかった。


「邪魔《じゃま》する奴は……斬る!」


 その目は獲物を狩る狐《きつね》のごとく鋭い光を帯びるのだった。

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