2話
小学生の頃。
私にはたった一人、友達がいた。
それが、菊野陽菜だ。
「黒子! 遊ぼう!」
窓の外を見ると、家の前には陽菜がいた。私に気づいて、大きく手を振る。
私は小さく手を振った後、家の外に出た。
「……陽菜、遊ぼう」
「おう……!」
陽菜は私の手を引くと、走り出した。
私は家の中で過ごす事が好きだ。本を読んだり、絵を描いたり。反対に外で遊ぶのは苦手。運動は好きではなかったし、かけっこでもいつもビリだった。
しかし、陽菜は外で遊ぶ事が好きだった。
夏になれば、
「黒子! カブトムシ捕まえに行こう! ヘラクレスオオカブト!」
「……それ、日本にいない……」
「日本にいない……それは誰も発見してないだけだ! 私が発見してやる!」
「ま、待って……」
と、陽菜に手を引っ張られ、森の中を夕暮れまで駆け回った。
冬になれば、
「雪だるまを作ろう! 黒子の家くらい大きな雪だるま!」
「……無理だよ」
「無理じゃない夢はでっかくだ!」
と、雪が降ってるいる中、上着も着ずに雪玉をコロコロさせていた。ちなみに、陽菜は風邪を引かず、厚着をした私は風邪を引いた。
男の子のような遊びが好きで、よく私は連れ回された。
体力的に厳しかったけど、それでも陽菜と遊ぶのが好きだった。
小学六年生の時、
「黒子、引っ越すことになった」
「……」
家族で夕食を食べた後、お父さんが珍しく真面目な顔でそう言った。
「引越し……どうして?」
嫌な予感がした。私の声は震えていたと思う。
「仕事で転勤が決まってな……場所はーー」
お父さんからの話は続いた。
違う県に引っ越すこと。小学校卒業まではここに居られるけど、中学校からは変わること。
そして、陽菜とは遊ぶ事ができなくなること。
「っ……」
世界が真っ暗になった。
お父さんが話している途中で、私はリビングを飛び出して自室に籠る。頭の上から布団を被り、目を瞑る。
「聞きたくない……夢だ……」
しかし、現実は変わらなかった。陽菜と過ごせる時間は減っていく。
「黒子、何かあった?」
「……え」
「いや、いつもより元気ないから……」
陽菜が私の顔を覗き込む。いつもの明るい笑顔ではなく、珍しく真剣な表情だった。
私は引っ越すことを陽菜に話した。
「……そっか」
陽菜はしばらく黙り込んだ後、私の手を強く握った。
「黒子! 一緒に逃げよう!」
「………………え」
「私は黒子と離れるの嫌だ! ずっと遊びたい!」
陽菜は私に向かって叫んだ。
心に熱いものが流れ込んでくる。自然と目から涙が溢れた。
「わ、私も……陽菜と離れたくないっ……!」
家に帰った後、リュックに着替えとお小遣いを入れる。机には「陽菜と旅に出ます」と書き置きを残した。
家族にバレないようにそっと家を抜け出した。
いつも遊んでいる公園に着くと、ベンチで陽菜が足をプラプラさせていた。私に気づくと、笑顔を浮かべて、私に近づいてくる。
「黒子! 行こう!」
陽菜は私の手を引いた。私は陽菜の背中を見て走り出した。
やってきたのは駅だった。電車に乗り、遠くまで行くのが目的だ。
「うーん……」
私も陽菜も切符の買い方が分からない。
学校行事で電車には乗ったことはあるけど、他はなかった。
「すいません! 切符てどう買えば良いですか?」
陽菜が元気よく駅員さんへ質問した。駅員さんの視線が私達へ向く。
私は陽菜の服の袖をギュッと掴んだ。
駅員さんは怪しむ様子もなく、私達に切符の買い方を教えてくれた。
「ありがとうございました! お礼にどうぞ!」
陽菜はリュックから飴を一つ取り出すと、駅員さんに渡した。駅員さんは笑顔で飴を受け取る。
「陽菜は……すごい」
「すごい……?」
「うん……私なら駅員さんに聞けない……」
「黒子は恥ずかしがり屋だからね!」
私は顔を赤くして、口を閉ざした。
陽菜は券売機で切符を買う。
「行き先は?」
「……テキトーに選んだ! そっちの方が旅っぽい」
「……」
陽菜らしい答えに、私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、私もテキトーに買う……」
「おっ、黒子にしては挑戦的だね」
「……嘘。陽菜と行き先別になるから」
クスリと笑ってそう言うと、陽菜はお腹を触りながら笑った。
「そ、そうだよね……! 一緒の旅だもん。別々のだったら、寂しいよ」
切符を買い終えた私達は電車に乗る。
陽菜は小さな子供のように、座席の上に膝をつき、窓の景色を眺めていた。
「黒子見て見て! 車よりも速い……!」
テンションが高い陽菜が私の肩を揺する。私は口を押さえた。
「ゆ、揺らさないで……」
「陽菜……! どうしたの? 病気……!」
「……酔った」
「えっ……何だ、酔っただけか……」
慌てていた陽菜だったけど、安心したのか、座席に座り直した。
「……限界かも」
お腹から込み上げてくる。
ピンチを察した陽菜が、慌てて声を掛けた。
「黒子。窓の外を見て! そうすれば元気になるから!」




