1話
パンッ、と乾いた音が夕暮れの公園に響く。
「……最低ッ……!」
目の前には左頬を赤くし、呆然としている女の子がいる。
女の子は叩かれた頬を触る。
痛々しい姿だけど、私は涙を流しながら女の子を睨みつけた。
「……陽菜とは絶交……!」
「えっ……? 絶交て……どうして……?」
いつも少年のような笑顔を浮かべている女の子が、今にも泣き出しそうだった。ギュッと胸が締め付けられる。それでも、
「……さようなら」
そう言い残し、私は走った。
それが、南黒子と菊野陽菜の別れの日の出来事だった。
***
「ふぅ……」
今日は高校の入学式。
多くの人は青春に胸躍らせることだろう。
新しい友達との出会い。甘酸っぱい恋。楽しい部活動などなど。
しかし、私は違った。
自室の壁には一枚の色紙がある。そこには『平和な日常』と描かれていた。
「……平和に過ごせますように……!」
色紙の前で膝をつき、私は祈った。
何事も無い平和な日常を。
運命の赤い糸で結ばれた恋人。突然舞い込んでくる膨大な遺産。
そんな非日常的な展開はいらない。トラブルもなく、胃も痛くならないそんな素晴らしい日常を私は望んでいる。
「よし……」
祈りを終え、忘れ物がないかチェックする。
机の上を見ると、メモ書きが置いたままだった。
「危ない……」
メモの内容は自己紹介。今日は高校初日で、自己紹介の時間はあるはず。そこで、普通の自己紹介が出来れば、クラスに馴染むことができる。
けど、失敗すればマイナスからのスタート。
「わ、私なら出来る……!」
メモ書きを握りしめて、祈った。
学校に着くと、昇降口に人が集まっていた。
周囲の話を盗み聞くと、クラス分けが貼っている様だ。
「……」
私の身長は周りと比べて、頭一つ分くらい低い。つまり、人混みで確認することができない。
待つしか……ない。
人混みを掻き分けて行く勇気も、他の人に確認を頼む勇気も私にはない。
人が少なくなって自分の名前を探す。
ない、てことはありませんように……あ、見つけた。
クラスは一年一組。
「はぁ……」
クラス分けを確認するだけで、クタクタ。これから先の高校生活やっていけるだろうか……。
教室の前で、深呼吸をする。
「……は、初めまして……私は南黒子です」
最初の挨拶が肝心。これでクラスの居心地が決まる。
繰り返し練習して、教室に入る。
「っ……」
教室に入った瞬間、視線が向けられる。
小心者の私はダッシュで逃げたい気持ちだけど、バッグを力強く握り、耐えた。
黒板で自分の席を確認する。
廊下側の一番前の席。
よ、よし……挨拶するぞ……!
今日という日の為に、何度もイメトレを重ねてきた。練習通りにすれば出来る……!
隣は大柄な坊主頭の男子。机に突っ伏して、気持ち良さそうに寝ていた。
後ろはギャル風の女子。ヘッドフォンを着けて、自分の世界へと入っている。
「……」
私はそっと自分の席に座った。
挨拶は後でも出来るはずだ。私は気の利くレディなのだ。
バッグから文庫本を取り出して、パラパラと捲る。
それから、入学式が始まった。壇上では入試一位の女子生徒が堂々と話している。私なら、一言も話さずに気絶する自信がある。
入学式を終えて、教室に戻ると、自己紹介が始まった。出席番号で、私の番は最後の方。
「相澤友香です。趣味はカフェ巡りで、最近ではーー」
名前と趣味、最近ハマっていること……うん、想定通り……!
私はカンペを取り出して、何度も読み直す。
「っ……」
クラスメートの名前も覚えないと……!
顔を上げて、自己紹介をしているクラスメートに視線を向ける。目を合わせないようにチラ見する程度だ。
後少しで私の順番が回ってくる。
ドクン、と心臓が高鳴っていき、胃が痛くなってくる。
「っ……」
唇を噛み締める。
平和な日常を過ごせるかどうかは、自己紹介に掛かっている……!
失敗しても挽回すればいい? 私には無理だ。
「次は……南黒子さん。自己紹介お願いします」
「……は、はいっ……」
少し声が裏返る。椅子を派手に揺らし、立ち上がる。カンペをギュッと握り締めると、固く閉じていた口を開いた。
「……わ、私は」
バンッ、と音が響いた。
視線を向けると、教室の引き戸が開いていて、一人の女子生徒が入ってくる。
「す、すいません……! 寝坊しました!」
寝癖をつけた女子生徒は頭を下げる。
日に焼けた健康的な肌。髪は肩辺りまで伸びていた。
そして、少年のような中性的な顔立ち。
「っ……」
陽菜……!
絶交した友達の面影を感じる。
「……菊野陽菜さんね、後で職員室に来るように」
「……分かりました」
間違いない、陽菜……!
突然の再会に、固まっていると、陽菜と目が合った。
「あれ……黒子? 黒子だよね!」
陽菜は私の机に手をつくと、顔を近づけてきた。
瞳をキラキラと輝かせて、笑顔を浮かべる。
私は後退るけど、陽菜は私の手を握った。
「久しぶり! ここで再会するって、運命だね……!」
自己紹介で緊張していっぱいいっぱいだったのに、陽菜との再会で脳が処理しきれずにショートする。
「……」
身体から力が抜けて、意識が途切れた。




