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コレが私のフライトプラン。Good Day‼【第2部 見送る人】  作者: ちとせ鶫
第3章 お迎え

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第9話 いつもと少し違う食卓

地上で見る姉と、空を飛ぶ姉。

陸は少しずつ、その違いに気づき始めます。

今回の話は、「知りたい」が形になり始める回です。

 週末だった。


 俺はいつも通り、差し入れを持って姉ちゃんの部屋に向かった。


 スーパーで鮭と豆腐と、ほうれん草を買った。

 鮭の味噌漬けを作るつもりだった。

 姉ちゃんが食べたことなさそうなものにしようと思った。


 インターホンを押した。

 しばらく待った。

 眠そうな声が返ってきた。


 いつも通りだった。


     * * *


 ドアを開けたら、姉ちゃんは床に転がっていた。


 芋ジャージ。眼鏡。ノーメイク。

 ローテーブルの上にPCが開いている。


 いつもの姉ちゃんだった。


 でも今日は、俺の目に映る姿が少し違った。


 先週、空港で見た姿が、頭に残っているからだ。

 ネイビーのワンピース。グレーのトレンチ。

 保安検査を四十秒で抜けた背中。

 到着口から出てきたときの、満ちた顔。


 あれと、今床に転がっているこの人が、同じ人間だ。


「また倒れてんの」


 俺は言った。


「休んでた」


 姉ちゃんが言った。


「同じじゃん」


 俺が言った。


 いつも通りのやりとりだった。

 でも、なんか少し違った。


     * * *


 キッチンに立った。


 鮭を切った。

 味噌と酒と砂糖を合わせた。

 鮭を漬けた。


 その間、姉ちゃんはPCの前で独り言を言っていた。


「……奄美か、種子島か、奄美のほうが、でも種子島は行ったことないから、どっちだ、」


 俺はその声を聞きながら、フライパンを温めた。


 姉ちゃんは今、次の修行のプランを組んでいる。

 奄美か種子島か、考えている。

 どちらも、俺にはよく分からない場所だ。


 でも姉ちゃんは知っている。

 どこに空港があって、何便飛んでいて、FCがいくつ積めるか。

 全部、頭に入っている。


     * * *


 夕飯ができた。


 鮭の味噌漬け焼き。

 豆腐の味噌汁。

 ほうれん草のおひたし。


 食卓に並べた。


 姉ちゃんがPCを閉じて、席に着いた。


「いただきます」

「どうぞ」


 一口食べた。


「美味しい」


 姉ちゃんが言った。

 いつも通りの、抑揚の少ない声で。


「よかった」


 俺は答えた。


     * * *


「次、どこ行くの」


 俺は聞いた。


 今まで、こういうことを聞いたことはあまりなかった。

 聞いても「用事がある」しか言わないと思っていた。

 でも今日は、聞いてみたかった。


「奄美か種子島、まだ決めてない」

「どっちがいいの」

「種子島は行ったことないから」

「じゃあ種子島にすれば?」

「FCが奄美のほうが多い」

「FCって何」

「飛行距離みたいなもの」

「何に使うの」

「ステータスに」

「ステータス?」

「上級会員の資格。アレキサンドライト、持ってる」

「……なにそれ」


 姉ちゃんが少し考えた。


「宝石の名前。JSNの上級会員資格」

「JSNって、飛行機の会社?」

「うん」

「へえ」


 俺はよく分からなかった。

 でも、姉ちゃんが話してくれた。

 それが、少し嬉しかった。


     * * *


「先週、与那国と波照間行ったって言ってたけど」


 俺は続けた。


「うん」

「どうだった、本当のところ」

「本当のところ?」

「なんか、いつも『よかった』しか言わないから」


 姉ちゃんは少し考えた。


「与那国は、風が強かった。島の端っこまで飛んできた感じがした」

「波照間は?」

「静かだった。売店が一個しかなかった」

「それは言ってたね」

「黒糖買った。二つの島で、それぞれ違う黒糖を買った」

「味違うの?」

「少し違う」


 姉ちゃんが箸を止めた。


「プロペラ機が好きだと思った」

「ジェット機と違うの?」

「揺れ方が違う。空気をつかんでいる感じが直接伝わる」

「怖くないの?」

「怖くない。むしろ好き」


 姉ちゃんがそう言った。


 俺は姉ちゃんの横顔を見た。


 話しているときの目が、違った。

 地上の話をするときの目じゃない。

 空の話をするときの目だ。


 奥のほうが、灯っている。


     * * *


 食事が終わった。


 食器を片付けた。

 姉ちゃんはまたPCを開いた。


 帰り際、玄関で俺は言った。


「次、行くとき教えて」

「なんで」

「見送りに行くかもしれないから」

「来なくていい」

「来たいんだけど」


 姉ちゃんはしばらく俺を見た。


「……種子島にする」

「え?」

「次の修行。種子島にする」


 俺には、それが返事なのかどうか分からなかった。


 でも、姉ちゃんが種子島に決めた。

 FCよりも、行ったことのない場所を選んだ。


 それが、俺のせいかどうかは分からない。

 でも、なんかそんな気がした。


「じゃあね」

「うん」


 ドアを閉めた。


 外に出た。

 夜の空を見上げた。


 いつもと少し違う食卓だった。

 姉ちゃんが、空の話をしてくれた。

 プロペラ機の揺れの話。

 二つの島の黒糖の話。


 俺が聞いたから、話してくれた。


 それだけのことかもしれない。

 でも、それだけのことが、今日はなんか大事な気がした。

空港の向こう側を知らなかった陸が、少しずつ蒼空の世界に触れていきます。

空の話をするときだけ変わる表情を、彼はちゃんと見ていました。

次の修行先は、種子島? それとも......

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