第16話 また飛ぶんだ
誰かの「好き」を見続けていると、景色が変わることがある。
理解できなくても、惹かれてしまう瞬間がある。
今回は、そんな週末の話です。
週末の夕方、俺は姉ちゃんの部屋に差し入れを持っていった。
今日は鶏の唐揚げと、ほうれん草のごま和えを作ってきた。
姉ちゃんが好きなやつだ。
インターホンを押した。
しばらく待った。
眠そうな声が返ってきた。
いつも通りだった。
ドアを開けたら、姉ちゃんは床に転がっていた。
芋ジャージ。眼鏡。ノーメイク。
ローテーブルの上にPCが開いている。
でも今日は、PCの画面が少し違った。
スプレッドシートじゃなかった。
JSNのサイトが開いていた。
空席の確認をしていた。
「また飛ぶ計画してるの」
俺は言った。
「うん」
姉ちゃんが答えた。
「函館から帰ってきたばかりじゃん」
「一週間経った」
姉ちゃんが言った。
一週間経ったから、また飛ぶ。
そういう計算らしかった。
* * *
キッチンに立った。
唐揚げを温めた。
ごま和えを器に盛った。
味噌汁を作った。
その間、姉ちゃんはPCの前で独り言を言っていた。
「……奄美か、鹿児島経由か、鹿児島で乗り継いだほうが、でも時間的には、どっちだ、」
俺はその声を聞きながら、鍋をかき混ぜた。
先週、函館でダイバートした。
一番長く待たされた。
乗り継ぎ便に乗れなかった。
予定外の夜を過ごした。
それでも、また飛ぶ計画を立てている。
それが姉ちゃんだ。
* * *
夕飯ができた。
食卓に並べた。
姉ちゃんがPCを閉じて、席に着いた。
「いただきます」
「どうぞ」
一口食べた。
「美味しい」
姉ちゃんが言った。
「よかった」
俺は答えた。
しばらく、二人で食べた。
「先週のダイバート、怖くなかった?」
俺はまた聞いた。
先週も聞いた。
でも、もう一度聞きたかった。
「怖くない」
姉ちゃんが答えた。
「なんで?」
「飛んでるから」
「それが答えなの?」
「飛んでる間は、怖いと思う余裕がない」
俺は唐揚げを食べながら、その言葉を考えた。
飛んでる間は、怖いと思う余裕がない。
それは、怖くないとは違う話だ。
でも、姉ちゃんにとっては同じことなのかもしれない。
* * *
「JSNって、ダイバートのとき一番最後に飛ぶんだよね」
俺は続けた。
「そう」
「不満じゃないの」
「知ってて乗ってるから」
「でも損じゃない?」
「損かもしれない」
姉ちゃんが箸を止めた。
「でも、JSNが好きだから」
「なんで好きなの」
「……温度がある」
「温度?」
「近い、ということ。距離感が」
俺はよく分からなかった。
でも、姉ちゃんが「好き」と言った。
それは本当のことだと思った。
姉ちゃんが「好き」と言う対象は、少ない。
飛行機と、空と、JSNと。
あとは、たぶん、陸が作った飯。
そう思ったら、なんか少し嬉しかった。
* * *
食事が終わった。
食器を片付けた。
姉ちゃんはまたPCを開いた。
帰り際、玄関で俺は言った。
「次、どこ行くの」
「奄美」
「決まったんだ」
「うん」
「いつ?」
「来週末」
俺は少し考えた。
「見送り、行っていい?」
「来たいなら来れば」
先週と同じ言い方だった。
来なくていい、じゃなくて、来たいなら来れば。
俺は「じゃあ行く」と言った。
「うん」
姉ちゃんが言った。
ドアを閉めた。
外に出た。
夜の空を見上げた。
来週末、また見送りに行く。
また、保安検査の向こうに消える姉ちゃんを見る。
また、到着ロビーで待つかもしれない。
それが、なんか楽しみだった。
見送ることが、楽しみになっていた。
いつからそうなったんだろう、と俺は思った。
でも、なった。
それは確かだった。bbbbb
飛ぶ人と、見送る人。
少しずつ同じ空を見始めた時、関係は静かに変わっていくのかもしれません。
読んでくださって、ありがとうございました。




