第14話 おかえり
予定通りにいかない日がある。
でも、その遠回りの先でしか見えない景色もある。
第四章、最後までお付き合いください。
朝、姉ちゃんからLINEが来た。
「今日帰る。羽田着、十時四十分」
俺は即座に返信した。
「迎えに行こうか」
しばらく待った。
珍しく、返信が来た。
「……来るなら来ていい」
俺は少し笑った。
来なくていい、じゃなかった。
来るなら来ていい、だった。
姉ちゃんにしては、珍しい返し方だった。
俺はバッグを持って、家を出た。
* * *
羽田空港に着いたのは、十時過ぎだった。
到着ロビーに向かった。
案内板を確認した。
JSN便、新千歳発羽田行き。
到着予定、十時四十分。
定刻通りだ。
シートに座って待った。
昨日、姉ちゃんは函館にいた。
新千歳が吹雪で閉まって、ダイバートした。
NALが先に飛んで、AOAが飛んで、JSNは一番最後だった。
新千歳に着いたら、乗り継ぎ便に乗れなかった。
それでも姉ちゃんは「まあ、空の話だから」と言った。
俺にはまだ、その感覚が分からない。
でも、いつかは分かりたいと思った。
* * *
待ちながら、昨日のLINEのやりとりを読み返した。
「NAL飛んだ」
「AOA飛んだ」
「JSNまだ」
リアルタイムで送ってきた。
いつも返信しない姉ちゃんが、自分から送ってきた。
俺は嬉しかった。
正直に言うと、嬉しかった。
函館の洋菓子の話。
空港から出たくない、という話。
「まあ、空の話だから」という話。
全部、姉ちゃんが送ってきた。
俺が知らない姉ちゃんの話だった。
でも、送ってきてくれた。
* * *
到着口から、人が出てきた。
スーツケースを引いている人。
家族連れ。
出迎えの声が上がる。
俺は到着口を見ていた。
姉ちゃんが出てきた。
昨日と同じワンピース。
昨日と同じトレンチ。
昨日と同じパンプス。
でも、顔が違った。
昨日、空港で見た姿とも違う。
到着ロビーで見た姿とも、少し違う。
なんか、穏やかだった。
吹雪でダイバートして、一番長く待って、乗り継ぎ便に乗れなくて、予定外の夜を過ごした翌日の顔が、穏やかだった。
俺には、その理由がまだ分からなかった。
* * *
姉ちゃんが俺を見つけた。
少しだけ、目が丸くなった。
「来たの」
「来た」
「電車で帰れたのに」
「来たかったから来た」
姉ちゃんは何も言わなかった。
でも、「来なくていい」とも言わなかった。
俺たちは並んで歩き始めた。
* * *
電車に乗った。
「大変だったね、昨日」
俺は言った。
「まあ」
姉ちゃんが答えた。
「怖くなかったの?ダイバートとか」
「怖くない」
「でも予定通りじゃなかったじゃん」
「空はそういうものだから」
俺はその言葉を聞いた。
空はそういうもの。
「姉ちゃんにとって、ダイバートって普通のこと?」
「普通ではない。でも、あり得ること」
「怒らないの?」
「怒っても変わらない」
「……そっか」
俺は窓の外を見た。
「函館、どうだった」
「晴れてた」
「来たことあった?」
「なかった」
「じゃあ、初めて降りた空港だったんだ」
「うん」
「それは、よかったんじゃない?」
姉ちゃんが少し考えた。
「……そう思った」
短く答えた。
でも、それは本音だと思った。
* * *
「新千歳でジンギスカン食べた」
姉ちゃんが言った。
「朝から?」
「ホテルの朝食に出た」
「北海道らしいな」
「美味しかった」
姉ちゃんが言った。
珍しく、食べ物の話をした。
「函館では何食べたの」
「洋菓子。空港で買った」
「ちゃんと食べてないじゃん」
「洋菓子は食べ物だ」
「食事じゃないでしょ」
姉ちゃんは少し黙った。
「……空港の中にレストランはあった」
「なんで食べなかったの」
「出たくなかった」
「レストランも空港の中じゃん」
姉ちゃんは何も言わなかった。
俺は少し笑った。
* * *
姉ちゃんの最寄り駅に着いた。
改札を出た。
いつもの道を歩いた。
「今日、何か作ってく?」
俺は聞いた。
「いい」
姉ちゃんが言った。
「ちゃんと食べるの?」
「食べる」
「ゼリーだけじゃなくて?」
「……食べる」
アパートの前に着いた。
「じゃあ」
俺は言った。
「うん」
姉ちゃんが答えた。
それから、少し間があった。
「……ありがとう」
姉ちゃんが言った。
「迎えに来てくれて」
俺は少し驚いた。
来てくれて、という言葉が出た。
「また来る」
俺は言った。
「うん」
姉ちゃんがドアを開けた。
中に入った。
ドアが閉まった。
* * *
俺は少しの間、アパートの前に立っていた。
昨日、函館にいた姉ちゃんが、今日帰ってきた。
ダイバートして、一番長く待って、乗り継ぎ便に乗れなくて。
それでも穏やかな顔をしていた。
「迎えに来てくれて」と言った。
俺は夜空を見上げた。
飛行機の灯りが見えた。
赤と白の点滅が、ゆっくりと移動していく。
あの中に、また誰かが飛んでいる。
俺はいつか、あの中に入るだろうか。
まだ分からなかった。
でも、少しだけ、そう思った。
第四章、完。
空の話は、少しずつ誰かに伝わっていく。
理解じゃなくても、共有はできるのかもしれない。
第四章、ありがとうございました。




