第13話 帰りの雪
飛行機は、予定通り飛ばない日がある。
でも、予定通りじゃないから見える空もある。
これは、そんな一日の話です。
目が覚めたのは、五時四十分だった。
アラームより十分早い。
飛ぶ日の朝は、身体が勝手に起きる。
いつもそうだ。
窓の外を見た。
雪が降っていた。
昨夜より、また強くなっていた。
蒼空はしばらく、その雪を見ていた。
今日は飛べるだろうか。
スマートフォンを開いた。
新千歳空港の運航情報を確認する。
通常運航。
欠航なし。
飛べる。
蒼空は起き上がった。
* * *
シャワーを浴びた。
昨日と同じ服を着た。
メイクをした。
ホテルの朝食を食べた。
ビュッフェだった。
いつもなら素通りするところだが、今日は食べた。
昨日、機内食を食べていなかった。
補給が必要だ。
ジンギスカンがあった。
朝からジンギスカン。
北海道らしかった。
食べた。
美味しかった。
窓の外に、雪景色が広がっていた。
函館とも、東京とも違う。
新千歳の雪だ。
* * *
空港に向かった。
バスで移動した。
窓の外に、雪の北海道が流れていく。
昨日は吹雪で閉まっていた空港が、今日は動いている。
同じ場所なのに、空が変われば全部が変わる。
それが、空というものだ。
バスを降りた。
空港に入った。
いつもの空気が流れ込んできた。
空調の匂い。案内板の光。人の流れ。
蒼空の目が、変わった。
* * *
チェックインを済ませた。
保安検査を抜けた。
搭乗口の前のシートに座った。
窓の外に、新千歳の滑走路が見えた。
雪が積もっている。
除雪車が動いていた。
滑走路を、丁寧に除雪している。
蒼空はその作業を眺めていた。
あの作業があるから、飛行機が飛べる。
雪の中でも、たくさんの人間が動いている。
飛行機が飛ぶのは、そういう人間たちのおかげだ。
それを知っているから、蒼空は飛行機が好きだった。
* * *
搭乗が始まった。
機内に入った。
席に座った。
シートベルトを締めた。
窓の外に、雪の滑走路が広がっていた。
昨日、この空港に着いたときは乗り継ぎ便に乗れなかった。
「……そっか」と思った。
でも今日、また来た。
今日は飛べる。
プッシュバックが始まった。
機体がゆっくりと後ろに動く。
タキシングが始まった。
除雪された滑走路を、機体が進む。
エンジンの音が高くなった。
加速が始まった。
離陸した。
* * *
新千歳が窓の下に広がった。
雪に覆われた北海道が、どこまでも続いていた。
昨日、吹雪で閉まっていた空港が、あそこにある。
自分が一晩泊まったホテルが、あの辺りにある。
もう、見えなくなった。
機体が雲に入った。
白くなった。
そして。
抜けた。
青い空が広がった。
雲の絨毯が、眼下に広がっていた。
地上は雪だった。
でも雲の上は、いつも晴れている。
いつも、そうだ。
蒼空は窓から目を離せなかった。
* * *
巡航に入った。
スマートフォムを開いた。
陸にLINEを送った。
「今日帰る。羽田着、十時四十分」
しばらくして返信が来た。
「迎えに行こうか」
蒼空は少し考えた。
迎えに来てくれる、という選択肢が、頭になかった。
電車で帰れば、それでいい。
でも、陸が来ると言っている。
「来なくていい」
そう返そうとした。
でも、やめた。
「……来るなら来ていい」
そう送った。
しばらくして返信が来た。
「行く」
蒼空はスマートフォンをしまった。
窓の外に、青い空が広がっていた。
雲の絨毯の上を、機体は南へ向かっていく。
今日は、予定通りだ。
昨日みたいなことは、今日は起きない。
でも昨日があったから、今日がある。
ダイバートした。
一番長く待った。
乗り継ぎ便に乗れなかった。
予定にない夜を過ごした。
でも、函館の晴れた空を見た。
夕暮れの函館山を、空から見た。
新千歳の雪景色を見た。
朝、ジンギスカンを食べた。
全部、昨日飛んだから起きたことだ。
* * *
羽田が近づいてきた。
東京の街が、窓の下に見えてきた。
いつもの景色だ。
でも、昨日より少し、大事な景色に見えた。
帰ってきた。
着陸した。
ボーディングブリッジを歩きながら、蒼空は思った。
陸が来ている。
到着ロビーで、待っている。
それが、なんか悪くなかった。
珍しいことを思った、と蒼空は思った。
でも、悪くなかった。
空の上は、いつも晴れている。
その言葉の意味を、少しずつ誰かと共有できるようになってきました。
読んでくださって、ありがとうございました。




