第12話 予定にない夜
予定通りにいかない一日でした。
それでも蒼空は、「飛んだから見られた景色」をちゃんと拾っています。
今回は、ダイバートの夜の話です。
函館空港で、一番長く待った。
NALが飛んだ。
AOAが飛んだ。
JSNは待った。
蒼空はターミナルのシートに座って、窓の外を見ていた。
函館の空は、ずっと晴れていた。
新千歳は吹雪なのに、函館は晴れている。
おかしな話だ、と思った。
一番最初に函館に降りたのはJSN。なのに。
でも、空はそういうものだ。
百キロ離れれば、空気が変わる。
それが好きだった。
* * *
待っている間、陸とLINEをやりとりした。
姉ちゃんにしては、珍しいことだった。
自分から送ることは、あまりない。
でも今日は、送っていた。
なぜだろう、と少し思った。
でも、すぐに分かった。
誰かに、今日の空の話をしたかったからだ。
NALが飛んだ。
AOAが飛んだ。
JSNはまだ待っている。
それを、誰かに伝えたかった。
陸以外に、伝える相手がいなかった。
それだけのことだ。
* * *
ようやく、JSNの搭乗アナウンスが流れた。
函館→新千歳。
NALとAOAより、ずっと後だった。
ターミナルはすでに、他社の乗客が減っていた。
蒼空はバッグを肩にかけて、搭乗口に向かった。
JSNのスタッフが頭を下げた。
「大変お待たせいたしました」
「いえ」
蒼空は短く答えた。
怒っていなかった。
待たされたことへの不満もなかった。
これがJSNの立ち位置だ。
空港での扱いは、NALやAOAより弱い。
知っていた。
知っていて、JSNを選んでいる。
それでいい。
* * *
函館を離陸した。
夕暮れの函館が、窓の下に広がった。
函館山が見えた。
港が見えた。
街の灯りが、少しずつ点き始めていた。
蒼空は窓から目を離せなかった。
予定にない街だった。
来るつもりがなかった場所だった。
でも、函館の夕暮れを、空から見ている。
飛んだから、見られた。
ダイバートしたから、見られた。
それが、悪くなかった。
* * *
新千歳に着陸した。
ボーディングブリッジを歩きながら、乗り継ぎ便の搭乗口を確認した。
出発済み。
蒼空は案内板を見た。
三秒見た。
「……そっか」
声が出た。
小さく、静かに。
怒りはなかった。
落胆もなかった。
ただ、そっか、と思った。
函館で一番長く待ったから、こうなった。
それは、最初から分かっていた。
覚悟していた。
でも、覚悟していても、「そっか」とは思う。
人間だから。
* * *
JSNのカウンターに向かった。
スタッフが対応してくれた。
「大変申し訳ございません。本日の最終便はすでに出発しております。明日の便でご案内できます」
「はい」
「ホテルの手配はいたしましょうか」
「自分で取ります」
蒼空はカウンターを離れた。
スマートフォンを開いた。
新千歳空港近くのホテルを検索する。
空いているところを見つけた。
予約した。
三分で終わった。
陸にLINEを送った。
「JSN飛んだ。でも新千歳着いたら乗り継ぎ便行ってた」
すぐに返信が来た。
「え、どういうこと」
蒼空は説明した。
陸が「詰んでない?」と返してきた。
「詰んでない。明日の便取った」
陸から「大変だったね」と来た。
「まあ、空の話だから」
蒼空は送った。
それで十分だった。
* * *
ホテルにチェックインした。
部屋に入った。
バッグを床に下ろした。
トレンチを脱いだ。
窓の外に、新千歳の夜が広がっていた。
雪が降っていた。
さっきまでの吹雪より、穏やかになっていた。
蒼空はしばらく、その雪を見ていた。
今日は予定通りじゃなかった。
新千歳に着くはずが、函館にダイバートした。
函館で一番長く待って、新千歳に着いたら乗り継ぎ便に乗れなかった。
予定にない夜を、予定にない場所で過ごしている。
でも。
函館の晴れた空を見た。
夕暮れの函館山を、空から見た。
予定にない洋菓子を食べた。
陸とLINEをした。
全部、今日飛んだから起きたことだ。
* * *
PCを開いた。
明日の便を確認した。
新千歳→羽田。
朝の便が取れていた。
フライトプランのファイルも開いた。
今日のルートを記録した。
羽田→函館→新千歳→ホテル泊。
予定にないルートだった。
でも、記録した。
飛んだ証だから。
窓の外で、雪が降り続けていた。
蒼空はPCを閉じた。
ベッドに横になった。
天井を見た。
明日、飛んで帰る。
それだけだ。
今日は予定通りじゃなかった。
でも、今日も飛んだ。
Good Day‼
声には出なかった。
でも、確かにそう思った。
函館の夕暮れも、予定外の洋菓子も、全部「飛んだから起きたこと」でした。
蒼空は、うまくいかなかった一日まで、自分の飛行記録として受け取っています。
だから最後に、「Good Day‼」と思えたのだと思います。




