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南京町の悪役令嬢は、高級菓子の毒(マトリ)を嗅ぎ分ける  作者: 水前寺鯉太郎
「バチカン・聖遺物・ティーパーティ編」

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第38話:氷獄の頂(モンブラン)


 氷壁の奥深くに隠された、絶対零度の実験室。

 大気を凍らせる液体窒素の霧が足元を這い、精密機械の駆動音だけが、死の世界のような静寂を刻んでいた。その中央、高圧的な防護服に身を包んだ男が、手術室のような作業台の上で、最後の一皿を「造形」していた。

「……ようやく辿り着いたか、アリス。あるいは、私の設計プロットを狂わせるバグ、御影瑠璃か」

 男――マスター・パティシエは、防護マスク越しに歪んだ声を響かせた。彼は、アルプスそのものを象徴する菓子、**『モンブラン』**を手にしていた。

「……あら。随分と重装備なこと。自分の作った菓子を、素手で触ることもできないのかしら」

 私はマックスとダリアを安全な距離に待機させ、銀のフォークを中段に構えた。

「これは菓子ではない。世界の『再設計』のための鍵だ。……食してみろ。お前の味覚が、この絶対零度でどこまで真実を見極められるか」

 マスターが放り投げたモンブランが、空気中の水分を凍らせながら私の手元へ。

 私はそれをフォークで受け止め、眼前の怪物を見据えたまま、その「山」を崩した。

 シャリッ、……。

 糸状に絞り出された栗のペースト。だが、それはマイナス数百度の環境下で結晶化し、はがねのような硬度を持っていた。私はその欠片を、口腔内へと招き入れた。

 バリッ、ガリガリッ……!!

 噛み締めた瞬間、氷の刃が口腔内を切り裂いた。

 続いて、中心部のメレンゲから噴出したのは、神経の伝達を物理的に「凍結」させるナノ粒子毒『絶対零度の記憶コールド・マリア』。

 体温が急速に奪われ、思考の回路が一つ、また一つと停止していく。指先の感覚が消え、視界が白銀の静寂に飲み込まれていく。

(……! モンブランの多層構造ストラクチャーを、熱力学の『冷却サイクル』として利用したか。……心臓の鼓動を止めるのではなく、存在そのものを『停止』させる、完成された死の設計図……)

 ドクンッ、……ド、クン……。

 心拍が遠のく。だが、私の脳内にある「作家プロデューサー」としての直感が、この物語の結末を拒絶した。

 私は、震える指で懐の**『オレオクッキー』**を引きずり出し、氷結しかけた口内へ叩き込んだ。

 ボリッ、ボリボリッ!! ガリッ!!

 漆黒のココアが放つ、暴力的なまでに冷徹な「現実」の苦味。

 そして、計算外の「常温」の熱量。

 それが、脳を氷獄へ閉じ込めようとする「聖なる停止」を、強引に暗黒の炎で焼き払った。

 ドクンッ、……!

 

 再起動された視界。私は氷の床を蹴り、驚愕に目を見開くマスターの防護マスクへ向けて、銀のフォークを一閃させた。

 パリンッ!!

 砕け散る強化ガラス。その下から現れたのは、かつてロンドンで私を「設計」し、そして破棄した、御影家の遠い血族の顔だった。

「……お残しは許さないと言ったはずだ。……マスター。……あなたの設計した『停滞』など、私のティータイムの一分を埋めるのにも足りない」

 私はフォークの四枚刃を、彼の喉元にある生命維持装置のプラグへと突き立てた。

「……さて。マックス。ダリア。……お口直しに、この絶対零度の『虚無の厨房』を、丸ごと検食(ガサ入れ)してやろうか」

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