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南京町の悪役令嬢は、高級菓子の毒(マトリ)を嗅ぎ分ける  作者: 水前寺鯉太郎
「バチカン・聖遺物・ティーパーティ編」

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第37話:銀嶺の檻(リンツァートルテ)


 アルプス山脈、標高三千メートルの尾根。

 吹き荒れる吹雪が視界を白く塗り潰し、零下の冷気がトレンチコートを抜けて肌を刺す。私は雪を漕ぎ、奪い取ったレシピが指し示す「北壁の空白地帯」へと歩みを進めていた。

「……ふん。永世中立の裏側で、随分と排他的な要塞を築いている。……嫌な匂いだ。雪の香りに、安っぽいジャムの焦げた臭いが混じっている」

 突如、雪壁の向こうから影が躍り出た。

 かつて教皇を守護した誇り高き「スイス・ガード」の残党。だが、彼らが纏う伝統の縞模様の制服は血と煤に汚れ、その瞳は正気を失った獣の如く赤く濁っている。

 彼らの手には、特殊合金製のハルバード(長柄斧)が握られていた。

「……退け。理性を捨てた猟犬に、お嬢様のティータイムを邪魔する資格はない」

 私はマックスとダリアを雪の窪みに潜ませ、一人の衛兵が落とした菓子袋をフォークで拾い上げた。

 オーストリア・リンツ発祥、世界最古のケーキの一つとされる**『リンツァートルテ』**。

 格子状に組まれた生地の隙間から、真っ赤なジャムが覗くその姿は、獲物を逃さない「檻」を連想させた。

 シャクッ、……。

 凍てついた生地を噛み砕く。アーモンドとシナモンの重厚な香りが鼻を抜ける。

 だが、その中心部、ラズベリージャムに擬態した真っ赤な「毒」が、私の味覚を激しく打った。

 ジュワッ、……!!

 ジャムに練り込まれていたのは、寒冷地でも活動を可能にする超高濃度のブースト薬物『狂王のバーサーカー・レッド』。

 一瞬で体温が沸騰し、血管が爆発せんばかりに膨れ上がる。視界が真っ赤な格子状に分断され、心臓が「殺せ」と叫ぶ猛烈な衝動に支配され始めた。

(……! リンツァートルテの格子模様ラティスを、思考を縛り付ける『檻』の暗示として利用したか。……これを食らえば、死ぬまで戦い続ける歩兵に成り下がるわけだ)

 ガキンッ!!

 正気を失った衛兵のハルバードが、私のフォークと激突し、火花が雪原に散った。圧倒的な膂力りょりょく。だが、その動きは単調だ。

 私は、震える左手で最後の**『オレオクッキー』**を口に押し込んだ。

 ボリッ、ボリボリッ!! ガリッ!!

 漆黒のココアが放つ、暴力的なまでに冷徹な「現実」の苦味。

 それが、脳を沸騰させようとする「赤き狂気」を、強引に暗黒へと塗り替えた。

 ドクンッ、……!

 

 熱暴走しかけていた脳が冷却され、分断されていた視界が再び一つの「戦場」へと収束する。

「……お残しは許さないと言いたいが。……貴様らの焼いた『檻』など、私の自由を縛るにはあまりに脆すぎる」

 私はハルバードの柄を滑り落ちるように懐へ潜り込み、フォークの四枚刃を衛兵の頸動脈へと突き立てた。

 

 ドシュッ!

 次々と襲い来るスイス・ガード。だが、狂気に踊る彼らの動きは、再起動リセットされた私の味覚と反射速度の前では、止まっているも同然だった。

「……さて。マックス。ダリア。……お口直しに、この雪山の奥に隠された、真の『マスター』の毒工房を、丸ごと検食(ガサ入れ)してやろうか」

 血に染まった雪原の先に、氷壁をくり抜いた巨大なシャッターが姿を現した。

 そこが、すべての毒菓子の終着点。

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