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南京町の悪役令嬢は、高級菓子の毒(マトリ)を嗅ぎ分ける  作者: 水前寺鯉太郎
「バチカン・聖遺物・ティーパーティ編」

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第34話:断罪の円蓋(パネトーネ)


 温室の四方から、重厚な金属音を響かせて武装聖騎士たちが間合いを詰めてくる。彼らの身に纏う白銀の甲冑には、バチカンの紋章と共に、あの不気味な「鴉」の刻印が刻まれていた。

 枢機卿ヴァレリウスは、余裕を崩さぬまま、テーブルの端に置かれた巨大な円蓋型の菓子を指し示した。

「ティラミスで昇天できぬのなら、この『命のパン(パネトーネ)』で、その強欲な魂を浄化するがいい」

 イタリアのクリスマスを彩る伝統的な発酵菓子――『パネトーネ』。

 ドーム状に高く焼き上げられたその巨体からは、熟成されたバターとラム酒に漬け込まれたドライフルーツの芳醇な香りが放たれている。

 私はフォークを構えたまま、その一切れを強引に引き剥がした。

 ムギュッ、……。

 長時間発酵が生み出す、独特の弾力。空気を含んだ生地が指先で抵抗し、甘い酵母の香りが鼻腔をくすぐる。だが、その香りの裏側には、発酵臭に紛れた「腐敗」の兆候――神経を弛緩させる生物毒の気配が潜んでいた。

 私はそれを一口、口腔内へと招き入れた。

 フワッ、……。

 口の中で溶けるような生地。続いて、ラム酒に浸されたドライフルーツの濃厚な甘みが弾ける。

 だが、噛み締めた瞬間、私の味覚は「絶対的な服従」を強いる劇物を感知した。

 ジャリッ、……。

 生地の中に練り込まれたシトロンピール。それは果実などではない。脳の報酬系をジャックし、上位存在への盲目的な帰依を強制する新型薬物『使徒のアポストル・ドロップ』の濃縮結晶だ。

(……! パネトーネの複雑な発酵プロセスを、化学反応の『触媒』として利用したか。……これを食せば、誰もが枢機卿の言葉を神の宣託と信じ込む『家畜』に成り下がるわけだ)

 心拍が緩やかになり、戦う意欲が急速に霧散していく。眼前の聖騎士たちの暴力が、まるで慈愛に満ちた儀式のように見え始めた。枢機卿の醜悪な笑みが、救世主の微笑みに重なる。

 クゥンッ、ワンッ!!

 足元で、ダリアの鋭い咆哮が温室の空気を切り裂いた。彼女の放つ超音波が、私の麻痺しかけた聴覚を震わせ、強制的に覚醒を促す。

 私は、震える手を右ポケットへと突っ込んだ。指先が、漆黒の救済――**『オレオクッキー』**を掴み取る。

 パキッ、バリボリボリッ!! ガリッ!!

 漆黒のココアが放つ、救いようのない「地上」の苦味。

 それが、脳を奴隷化しようとする「聖なる服従」を、強引に暗黒へと塗り替えた。

 ドクンッ、……!

 

 意思の炎が再点火され、眩んでいた視界がモノクロの「戦場」へと戻る。

「……お残しは許さないと言ったはずだ。……枢機卿。……貴様の焼いたパンには、自由な魂を養うだけの『栄養』が致命的に欠けている」

 私は、手に持っていたパネトーネの残骸を床に叩きつけ、銀のフォークを正面の聖騎士のバイザーへと向けた。

「……マックス。ダリア。……お口直しに、この『命のパン』を貪り食う亡者共を、一匹残らず検食(ガサ入れ)してやろうか」

 次の瞬間、私は弾かれたように踏み出した。

 舞い散るパネトーネの破片とドライフルーツ。その琥珀色の雨の中、私のフォークが白銀の甲冑を無慈悲に貫いていく。

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