第31話:溺れる聖域(アフォガード)
地下聖堂の喧騒が、神父の手元で静かに収束していく。彼はカウンター越しに、一器の冷たいデザートを差し出した。
真っ白なバニラジェラートの塊。そこに、沸騰したばかりの漆黒のエスプレッソが注がれる。
ジュワッ、……。
熱い黒が冷たい白を侵食し、境界線が溶け合う。
「アフォガード。イタリア語で『溺れた』という意味だ。……君の魂も、この白のように聖なる泥濘に溺れてみるか?」
私は、マックスとダリアを足元に伏せさせ、その器を手に取った。
立ち上る湯気。濃厚なカカオの香りの裏側に、嗅覚の奥を突き刺すような、あの不快な「電気的」な異臭が潜んでいる。
「……あら。神の救済を語る割には、淹れ方が雑だ。……これでは『アフォガード(溺死)』というより、ただの『処刑(毒殺)』だろう」
私は、溶け始めたジェラートをスプーンで掬い、一口、口腔内へ放り込んだ。
ヌチャッ、……。
極限まで冷やされた甘みが舌を麻痺させ、直後に熱い苦味が喉を焼く。
温度の暴力。だが、その落差が生み出す「隙」を突いて、液体に溶け込んだ超高純度の神経毒が、細胞の最深部へと滑り込んできた。
ジャリッ、……。
噛み締めたジェラートの芯に、未溶解の『聖人の涙』の結晶が残っている。
脳が、強制的に「至福」の信号を発信し始めた。心拍が異常な速度で刻まれ、天井の十字架が幾重にも重なって見える。視界の端から、世界が泥のように溶けていく。
(……! 脂質とカフェインを触媒にして、毒の吸収速度を極限まで高めている。……まさに、確実な『溺死』を誘うためのレシピだ)
私は、震える指を無理やり動かし、懐の**『オレオクッキー』**を掴み出した。
パキッ、バリボリッ!! ガリッ!!
漆黒のココアが放つ、絶望的なまでの「現実」の苦味。
それが、脳を支配しようとする黄金色の幻覚を、強引に暗黒へと塗り替えた。
ドクンッ、……!
心臓が再起動し、溶けていた聖堂の壁が再び硬質な石の感触を取り戻す。
私はスプーンを投げ捨て、喉元を焼く熱い液体を、いつものダージリンで強引に流し込んだ。
「……お残しは許さないと言いたいが。……神父。……貴様の淹れた一杯は、私のティータイムには一分の価値もない」
私は、銀のフォークの切っ先を神父の喉元へと突き立てた。
舞い散るジェラートの飛沫の中、冷徹な殺意が聖堂の空気を凍らせる。
「……さて。お口直しに、貴様のその『毒の厨房』ごと、根こそぎ検食(ガサ入れ)してやろうか」




