第23話:灰色の招待状(ゴーフレット)
三宮の地下、崩壊の予兆を孕んだ実験室。
大理石のカウンターに縫い付けられたエドワード・ウィンストンは、喉元に銀のフォークの切っ先を突きつけられながらも、血に濡れた唇を歪めて笑った。
「……ふ、ふふふ。……殺せばいい、アリス。……だが、私が死んでも、ロンドンの『あの方』が始めたゲームは止まらない。……これは、君への『招待状』だ」
エドワードが懐から、血塗れの封筒を取り出した。
その中から滑り落ちたのは、一枚の薄焼きの菓子――『ゴーフレット』。
パリッ、サクサク……。
瑠璃はフォークの先で、その薄い生地を二枚に剥がした。
スッ、……。
間に挟まっていたのは、バニラクリーム……ではなく、超小型の通信チップと、一枚のマイクロフィルムだった。
「……これですの?ロンドンからの『最終連絡』というのは」
エドワードは力なく笑い、血の混じった唾を吐いた。
「……無駄だ、御影瑠璃。……それを手にしたところで、ロンドンの『胃袋』には届かない。……あの街の地下には、君の想像もつかない『巨大なプラント』がある。……霧の都全体を、甘い毒で包み込むためのな……」
瑠璃はゴーフレットの破片を口に放り込み、強引に噛み砕いた。
パリッ、ガリガリッ……。
繊細な甘みが一瞬で消え、後に残るのは砂を噛むような、あの忌々しい『ガラス粉』の感触。
「……『あの方』だと? 教授の死に損ないか、それともロンドン本国の執行官か。……吐け。ロンドンのどこに、その『胃袋』がある」
「……ロンドン塔の地下ですよ。……テムズ川の底、その最深部……。そこが、我々の『メイン・キッチン』だ。……今頃、本国の貴族たちも、その芳醇な香りに誘い込まれているはずだ……」
エドワードの瞳に、狂信的な光が宿る。
瑠璃は通信チップを回収し、ポケットの無線機を起動させた。
「……こちら瑠璃。ターゲットの確保と、ロンドンへの『招待状』の回収を完了しましたわ。……狗巻刑事。聞こえていますの?……三宮の地下プラントを停止させろ。……私は、これからロンドンへ飛びますわ」
バキッ!
瑠璃は、残りのゴーフレットを箱ごと踏みつぶした。
崩れ去る砂の城。だが、その残骸は、ロンドンの地下へと続く不気味な道標となった。
三宮の地下街に、崩落を告げるサイレンが鳴り響く。
瑠璃はマックスとダリアを抱き上げ、霧の立ち込める非常口へと駆け抜けた。
「……さて。マックス。ダリア。……お口直しに、ロンドンの『本物の悪党』を、丸ごと検食(ガサ入れ)しに行きましょうか」




