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南京町の悪役令嬢は、高級菓子の毒(マトリ)を嗅ぎ分ける  作者: 水前寺鯉太郎
第2部『ロンドン・壊滅・ティーパーティ編』

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22/40

第22話:狂気の黒真珠(トリュフ)


 三宮、サンチカ第4エリア最深部。

 重厚な気密扉を銀のフォーク一本でこじ開けた先には、地下街の喧騒から隔絶された、狂気じみた静寂が広がる「黒い実験室ショコラティエ・ラボ」があった。

 白一色の壁に、黒い大理石のカウンター。

 その中央に鎮座するショコラティエ――エドワード・ウィンストンは、絹のグローブを嵌めた手で、一粒の漆黒の球体を弄んでいた。

「……久しぶりだな、エドワード。ロンドンの泥に沈めたはずの貴様の面拝、再び拝むことになるとは。私のティータイムも運がない」

 私は、マックスとダリアを背後に控えさせ、銀のフォークを指先で弄んだ。

「くく……相変わらずの傲慢さだ、アリス。……いや、今は御影瑠璃だったか。……君に、我が最高傑作を捧げよう。……五感を『調律』する、黒い真珠だ」

 エドワードが指先で弾いた『トリュフ』が、放物線を描いて瑠璃の手元へ飛ぶ。

 瑠璃はそれを無造作に受け止め、鼻先に寄せた。

 芳醇なカカオの香りの奥に、脳の芯を痺れさせるような、冷徹で「電気的」な異臭が混じる。

 私は逃げも隠れもしなかった。その一粒を、迷わず口へと運ぶ。

 パリッ……。

 極薄のチョコシェルが繊細な音を立てて砕け、中から溢れ出したのは、体温で瞬時に気化する「超高純度・気化式ブラッド・マリア」であった。

 ジュワッ、……!!

 その瞬間、世界が反転した。

 視界が極彩色に焼け、エドワードの声が「鉄の味」として舌を焼き、実験室の冷気が「不協和音」となって耳を突き刺す。五感の混濁――共感覚シナスタジアの監獄。

「……どうだ、アリス。……音が視え、色が聴こえる世界は。……その混乱の中で、君の優雅な体術がどこまで通用するか、見ものだな」

 エドワードが懐から手術用のメスを取り出し、影のように踏み込んでくる。

 私の感覚は狂い、床が天井に見え、右からの攻撃が左からの風として感じられる異常事態に陥った。

(……ふん。随分と、安っぽい手品だこと)

 私は、ポケットの中で粉々になっていた『オレオクッキー』の残骸を、無理やり口に押し込んだ。

 ボリ、ボリボリッ!!

 ガリッ、ジャリッ……!

 漆黒のココアが放つ圧倒的な「苦味」と、暴力的なまでの「砂糖の質量」。

 その強烈な「現実」の刺激が、ショコラティエの仕掛けた幻覚の霧を、脳内で強引に薙ぎ払っていく。

 脳が再起動リセットされ、反転していた世界が、モノクロの「真実」へと収束した。

「……お残しは許さないと言ったはずだが。……こんな『悪酔い』するデザート、私の口には合わない」

 私は、踏み込んできたエドワードのメスを、指先のフォークで鮮やかに受け流し、そのまま彼の喉元へ切っ先を突き立てた。

 キンッ!

「なっ……! 混濁を、力技でねじ伏せただと……!?」

「……私の五感は、前世の絶望と、今世のオレオで出来ている。……貴様の『芸術』など、私のティータイムには一分の価値もない」

 瑠璃は、フォークをエドワードの胸元の紋章――「カラス」へと深く突き刺した。

「……さあ、エドワード。……口直しに、貴様の『マスター』の居場所、すべて吐き出してもらおうか」

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