第9話:【後編】『自動掃除ビットの行進曲(マーチ)』
防衛障壁が完成し、拠点にひと時の静寂が戻った。
レンは広間の中央で、今回の功労者であるポッドのメンテナンスを行っていた。隣ではシアが、慣れない手つきで柔らかい布を持ち、ポッドの真鍮製の装甲を丁寧に拭き上げている。
「ポッド、いつも私たちを守ってくれてありがとう。……少し、傷が増えてしまいましたね」
シアが慈しむように呟くと、レンはニヤリと笑い、ポッドの側面に増設した小さなノズルを指差した。
「おいおいシア、そんな地道な手作業じゃ日が暮れるぞ! ほら、ポッド! 自動ワックス噴霧、起動だ!」
レンが叫ぶと、ポッドの全身からパシュッという小気味よい音と共に、微細な魔法オイルが霧状に噴射された。
「ひゃっ!? な、なんですかこれ! 急に光りだして……」
「表面保護の『最適化』だ! 汚れを弾きつつ、魔力の伝導率も上げる特製ワックスだぞ。ほら、お前が拭くそばからピカピカに輝いてるだろ!」
「……本当です! 磨き甲斐がありすぎて、止まりません!」
シアは目を輝かせ、夢中で布を動かし始めた。ポッドも嬉しそうに「プシュー!」と満足げな排気音を鳴らす。
だが、そんな平和な光景を切り裂くように、頭上の青い障壁が激しく波打った。
――ガキィィィィィィン!!
鼓膜を刺すような金属音が響き、ドーム状の盾が火花を散らす。
雲海の底から這い上がってきたのは、体長三メートルを超える巨大な飛翔魔獣『雲海ガーゴイル』だった。岩のような皮膚と鋼の爪を持つその怪物は、障壁を物理的に破壊しようと、狂ったように体当たりを繰り返している。
「障壁が保ちません! レン、このままではドームが砕けてしまいます!」
「落ち着け、シア! 障壁は『面』で受けるから摩耗が早いだけだ。なら、あいつを『点』で貫いて、とっととお引き取り願えばいいんだろ?」
レンは恐怖を感じるどころか、既に資材倉庫から持ち出していた巨大な真鍮製の廃材をポッドの右腕に宛がい、工具を走らせていた。
「ポッド、出力系統を右腕にバイパスしろ! ビットA、B、C、推進補助モードでポッドにドッキング! 今からお前を『重装騎士』に書き換えてやる!」
レンの指先から放たれる青白い光が、ポッドの骨格に真鍮の装甲を肉付けし、右腕に巨大な杭打ち機――『パイルバンカー』を形作っていく。
地下機関室の余剰圧力を利用し、一瞬で超高圧の魔力を爆発させる、エンジニアの執念が生んだ決戦兵器だ。
「よし、最適化完了! 戦闘モード(コンバット・プロトコル)へ移行だ! いけ、ポッド! リゾートの静寂を乱すバカに、物理法則の恐ろしさを教えてやれ!」
「プ、プシューーーーーッ!!」
三機のビットを背負い、高出力の魔力噴射で加速したポッドが、障壁の隙間から弾丸のように飛び出した。
ガーゴイルが驚愕し、鋭い爪を振り下ろす。だが、ポッドは空中で急旋回し、相手の眉間へ密着するほどの至近距離へ肉薄した。
――ドォォォォン!!
激しい爆鳴。
ポッドの右腕から放たれた真鍮の杭が、圧縮された魔力の爆発と共にガーゴイルの頑強な額を貫いた。質量と衝撃の暴力に、魔獣は悲鳴を上げる暇もなく、木の葉のように雲海の底へと叩き落とされていく。
「ふぅ。命中精度も文句なしだな。やっぱり最後は物理的な質量に限るぜ!」
レンは満足げに腕を組み、帰還したポッドのパイルバンカーを「いい仕事したな」と言わんばかりに叩いた。
シアは、圧倒的な脅威を一撃で退けたレンの『DIY』の威力に、ただ口を半開きにして立ち尽くしていた。
「……掃除機だと思っていたのに。ポッドが、あんなに恐ろしい騎士様になるなんて」
「ははっ! 掃除も防衛も、要は『効率』の問題だろ! さあポッド、戦いの後は腹が減る。散らかった瓦礫を掃除したら、次はもっと美味いもんを食いに行こうぜ!」
レンは不敵に笑い、拠点の奥に眠る『古代備蓄庫』へと視線を向けた。
防衛が成ったなら、次は食の探求だ。
シアは頼もしそうにレンの背中を見つめつつも、自分の知っている「巫女の常識」がまた一つ瓦礫の下に埋まったことを悟り、そっと溜息をつくのだった。




