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O

 寝台には、手足を拘束された男が仰向けにされている。

 目を開けた彼の顔が恐怖に醜く歪んだのを見て、O氏はひとつ溜飲を下げた。


「気付いたか。気分はどうだい?」


 男はただ青褪めて首を振るばかりだった。ようやく絞り出された声は酷く弱々しくてO氏の顔を綻ばせた。


「も、もう勘弁してくれ」

「何を言っているのだ。私がどれほど貴様を恨んでいるのか、まだ分からないと見える」


 精一杯嘲るように言ったつもりだったが、それでも怒りの方が遥かに強くなった。


「わ、分かる! 分かっているから!」


 だめだ、声を聞くほどに苛立つ。

 聞くに耐えないとO氏はこめかみをひくつかせ、注射器を男の腕に刺した。中の透明な液体が男の身体に染み込んでいく。

 拘束された手足の痙攣が始まり、やがて全身が戦慄いた。寝かせた寝台のステンレスの脚が震えてガタガタ言った。痙攣が止まるまでに数十秒かかった。


「全く、良い力を手に入れたものだ」


 O氏は満足して背後に佇む双頭の悪魔へ振り向いた。悪魔はニマニマした気色の悪い笑みを浮かべていた。


「一日分の命を代償にするだけで、特定の他人の完全なる蘇生が可能になるなんてな。お陰でこの憎き男を何度も殺すことができる」


 O氏の脳裏に、男によって無惨に殺された妻子の顔が浮かんだ。七五三の時の写真。滅多に無い服を着させられて、娘は喜び息子は

げんなりしていた。その笑顔から僅か数日後の話だ。脳裏に浮かんだ幸せな表情が、血塗れで色を失くした表情へと変わる。

 本当を言えば、何度も何度も時間を置かずに殺してやりたい。しかし、蘇生は二十四時間に一回しかできないのだ。それが歯痒い。

 それに、亡くなって日が経った人間も蘇生できないのが悔しい。妻子を甦らせることができたらどれほど良かったか。


「おい悪魔。俺の妻と子どもたちを生き返らせてくれ」

「申し訳ございません、それは致しかねます」


 悪魔の口調は嫌味なほど慇懃で、物腰も過剰なほど柔らかだった。


「お客様が蘇生できる人間は、いまお客様の前で薬物注射により息絶えたこちらの男性のみでございます」


 シシシ、と悪魔の忍び笑いが聞こえた。O氏は軽く苛立ちを覚えたが、それを露わにはせず、代わりとばかりに溜息を落とした。


「まあ良い。俺は飯を買いに行く。悪魔、お前は……」

「はい。ウニをお願いいたします」

「贅沢な奴め」


 軽口と共にO氏は財布を引っ掛けて出かけていった。


 スーパーマーケットからの帰路のことだ。人通りの少ない路地を足早に行く影があった。O氏である。

 両手にビニール袋を引っ提げたO氏は、突然背後に熱さと痛みを感じた。


 ゆっくりとした動作で首を回すと、女が包丁を自分の腰上に突き刺しているのが目に入った。顔立ちが、O氏が先刻殺したあの男にそっくりで、O氏は男の親族であろうと一切の事情を理解し、そしてうつ伏せに倒れ落ちた。


「ハア、ハア。……やったわ、兄さん」


 女史は自分の後ろにいるはずの双頭の悪魔に声をかけた。


「ほら、前金代わりの高級バフンウニよ。約束通り生き返らせて」

「かしこまりました」


 悪魔はニマニマと笑みを浮かべ、その口の端からはシシシと嘲るような笑い声を披露する。

 悪魔だけが知っている。この女史もO氏と同様に数週間後に他殺されるのだと。


 

O is for OUROBOROS

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