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N

 アリさんたちは、今日も食べ物を探して辺りを徘徊していました。


「えっさ、ほいさ」

「甘いもの、甘いもの」


 アリさんたちは、少し湿った土やごつごつした木の肌の上を列をなして行進しています。


「みんな、頑張るなあ」


 キリギリスさんが触角を震わせながらそれを眺めていました。

 チョウチョさんは青い羽根をはためかせて舞い踊ります。

 ハチさんが獲物を求めて木々の間をブンブン飛んできました。


「あ、ハチだ」

「逃げろ」


 どこかで小さい虫たちがざわめいていました。ハチさんは他の虫を襲って食べてしまいます。

 ハチさんの機械みたいな複眼が、眼下を行進するアリさんたちを捉えました。


「あ、ハチがこっちを見ているぞ」

「こっちにくるな」


 アリさんたちは触手を掲げてハチさんを威嚇します。

 アリさんたちは力が強く、弱いけれども毒を持っています。しかも身体も大きくありません。食べてもおなかが膨れないのです。


 ハチさんは次に、チョウチョさんに狙いを定めました。

 チョウチョさんは幼虫の頃から成虫になるまで、ハチさんが不倶戴天の敵でした。

 ハチさんはチョウチョさんに突撃して噛みつきました。チョウチョさんはその大きな羽根をばたつかせて抵抗しますが、抵抗むなしくやがて衰弱していき、ハチさんの手で肉団子にされてしまいました。

 林では、そんな日常が繰り広げられていました。


「えっさ、ほいさ」

「甘いもの、甘いもの」


 アリさんたちは枝を伝って甘いものを探しています。


「甘い匂いがするよ」

「こっちだ」


 仲間の出すフェロモンを頼りにして、アリさんたちは甘いものに群がります。


「これは蜜だよ」

「蜜だね」


 アリさんたちは甘いものを溜めると、来た道を逆に戻り始めました。

 巣に戻って甘いものを仲間とシェアします。女王アリや幼虫みたいな、甘いものを探せないアリにも分け与えないといけません。


「ちゃんとお食べ」

「食べてください」


 食べ物をみんなで腹に収めたアリさんたちは、また食べ物を探しに行きました。


「えっさ、ほいさ」

「甘いもの、甘いもの」


 アリさんたちは枝を伝って甘いものを探しています。


「甘い匂いがするよ」

「こっちだ」


 仲間の出したフェロモンの道が、葉っぱの上のそれに続いていました。


「アリさんたち、そっちには何もないんじゃないかな」


 キリギリスさんが歌うように言いました。


「でも甘い匂いがするんだ」

「きっと食べ物があるよ」


 葉っぱの上でもそもそと膨らんだ緑色のそれは、身体のいろいろなところから甘いものを出していました。


「蜜かな」

「蜜かな」


 アリさんたちは蜜をしゃぶります。


「おいしいね」

「おいしいね」


 アリさんたちは蜜をなめるのに夢中になりました。

 おなかが膨れても、巣に戻ろうとはしませんでした。


「アリさんたち、それは食べ物じゃないよ」


 キリギリスさんはアリさんたちの傍で歌いました。

 アリさんたちは何も返事をしません。


「アリさんたち、それはチョウチョさんの幼虫だよ」


 幼虫さんは、もそもそと葉っぱを食べていました。のそりと緩慢な動き。キリギリスさんは唾を飲み込みました。キリギリスさんは雑食です。キリギリスさんの目には、チョウチョの幼虫さんは格好の食料でした。


「ねえ、アリさんたち」


 アリさんは、生気のない目をしていました。

 幼虫さんはキリギリスさんを捉えました。その目は怯えていました。捕食者と被捕食者の関係。弱肉強食の世界です。幼虫さんは怖くてブルブル震えました。


「アリさんたち、お願い」


 幼虫さんが言うと、アリさんたちは一斉に澱んだ目をキリギリスさんに向けました。触手を掲げ、大顎をかちかちと鳴らします。


「な、なにをするんだい? もしかして僕を襲う気かい?」


 キリギリスさんはアリさんたちの緩い殺意を浴びて動揺し、後ずさりしました。

 アリさんはキリギリスさんを包囲してじりじりと追い詰めます。


「サレ」

「サレ」

「サレ」


 アリさんたちの低いうねり声がキリギリスさんの耳孔を揺らします。

 口調はすっかり変わってしまっていました。


「や、やめてくれよ。おだやかじゃないね」


 キリギリスさんは葉の上から飛び降りてダッと逃げていきました。


 アリさんたちは何の感慨もなく、緩慢な動作で幼虫さんのもとに戻っていきました。巣に戻る素振りは見られませんでした。


 ぶぶぶぶ、と鈍い羽音が聞こえました。

 ハチさんが獲物を探して巡回していたのです。

 ハチさんのメタリックな複眼が、チョウチョの幼虫さんを見つけました。


 ハチさんは狙いを定めて急降下していきました。


「あっ、ハチだ」


 幼虫さんは怖くてまた震えました。


「お願いっ! 助けてっ!」


 周囲に芳しい匂いが立ち込めました。


「サレ」

「サレ」

「サレ」


 アリさんたちが触手をもたげました。

 ハチさんに向かって、幼虫さんを庇うように臨戦態勢を整えます。


「くそっ、したたかなやつめ」


 ハチさんは悪態をつきました。


「おいっ、アリどもっ! 返事しろ……だめだ、もうシャブ漬けになってやがる」


 甘い匂いがあまりにもひどく立ち込めて、ハチさんも脳みそがくらくら溶かされそうになってきました。


「ああ、本当に面倒くさいな」


 ハチさんは巣に戻っていきました。


「ふう」


 幼虫さんは安堵の溜息をつきました。

 ハチさんの言った通り、幼虫さんが分泌する甘いエキスは、アリさんの脳みそをヒチャヒチャに中毒させています。アリさんはもう幼虫さんの奴隷です。どんな敵に襲われても、アリさんたちが守ってくれます。


「あ、またアリさんたちが釣られたみたいだ」


 幼虫さんは、自分のほうに向かってくる、黒くて勇敢で愚かな兵士たちの姿を目にとめました。


「いらっしゃい。ゆっくりしていってね。これからずっとよろしくね」


 幼虫さんは朗らかに笑いました。


「…………でも、なんだか胸が痛いなあ。……気のせいかなあ」
















 幼虫さんはその後、落ちた葉に包まって蛹に変態しました。


「あっ、チョウチョの蛹だ」


 昆虫採集の少年が、幼虫さんを見つけて虫かごに入れました。


「まだかな、まだかな」


 羽化するのを、少年は首を長くして待っていました。


 そして、とうとうその時がやってきました。


「来た!」


 早朝。ピキピキと蛹の背が割れていきます。

 運よくその瞬間を目の当たりにできた少年は興奮して叫びました。

 そして、中から乳白色の蛆虫が粘液を伴って現れました。


「ぎゃあっっっっっっ!!!」


 少年は悲鳴を挙げました。


N is for NARATHURA

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