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わたしのおとうさんはお医者さんをしています。おとうさんは、おじちゃんとかおばちゃんに「先生」って呼ばれています。熱が出ると、おとうさんはわたしを病院へ連れて行きます。おとうさんはわたしを治してくれません。おかあさんは、おとうさんは外科医だからって言っていました。お医者さんにもいろいろあるみたいです。
おとうさんはあまり笑いません。いつも難しそうな顔をしています。眉と眉の間にシワを寄せていることが多くて、なんだか怒っているみたいです。「治したくても治せない病気があるんだ」。いつだったかおとうさんはくやしそうに言いました。それでいつも考えごとをしているみたいです。
どこかのお医者さんが思いついた方法で、おとうさんも手術がいっぱいできるようになったそうです。手術をして、病気を治していくのがおとうさんのお仕事です。おとうさんはその時はとても嬉しそうでした。
でも、まだ全然足りないらしかったんです。
「今の方法じゃ、麻酔に耐えない老人や子どもを救えない」
おとうさんはいつかお酒を飲みながらそう言っていました。絞り出したような声でした。
「お父さん」
おかあさんが机に突っ伏して寝息を立て始めたおとうさんに毛布をかけました。
「今日ね、おとうさんが手術した患者さんが、手術中にお亡くなりになったそうなの。麻酔が強すぎて、却って毒になったんですって」
重苦しい顔つきでおかあさんはそう教えてくれました。まだ難しくて、言葉の意味のいくつかは分からなかったけど、とても大変な事になっていることはわかりました。
「これから少し大変かもしれないわ」
おかあさんがため息をついた通り、そのあとからおとうさんに来るおじちゃんやおばちゃんは減っていったし、「人殺し」「ヤブ医者」とか書かれた張り紙が家の軒下に貼られていることも多くなりました。
おかあさんはわたしに見つからないように張り紙をこっそり剥がして捨てていたみたいでした。わたしが知ってるよりももっと張り紙されていたのかもしれません。
おとうさんは目を赤くさせて頬もこけさせるほど夢中になって、何かに取り組んでいました。こっそり聞き集めたことによると、新たな安全性の高い麻酔の開発ということでした。
「取り憑かれたようじゃ」
おばあちゃんがこわがっていました。
おばちゃんは歩くとからだが痛いらしくて、家ではじっとひなたぼっこしています。
そんなおばあちゃんが突然死んでしまいました。木の板がひとつ、新しく仏間に飾られました。
おとうさんががらんどうな目で眠ってしまったようなおばあちゃんのからだをじっと見ていたのを覚えています。
「失敗した」
おかあさんは、その数日前から、からだが動かしづらくなったと言って、布団で寝たきりでした。
そのさらに数日のあと、おとうさんに呼ばれました。
「とうさんのこと、好きかい?」
わたしは「うん」と返事をしました。
「嬉しいなあ」
おとうさんと目を合わせられなくて、わたしは下を向いていました。なんだかイヤな予感がしました。
「とうさん、いまとても困っているんだ。とうさんの仕事を、手伝ってくれないかい?」
わたしは、少しためらって、そして頷きました。
「ありがとう。うれしいよ」
おとうさんにつれられて、わたしはおとうさんの医院に入りました。ここにはじつは、あまり来たことがありませんでした。
なんだかドキドキしていました。
「ここに座って」
おとうさんはベッドに腰をおろして、わたしをうながしました。
おとうさんの横で、わたしは目を閉じます。白湯と一緒に飲んだ薬が効いてきたみたいでした。
おとうさん──初めて、小児及び老人に対しても全身麻酔による手術を成功させたその医師は、新たな麻酔術の開発に際して「家族の協力があってこそのことでした」と語った。
彼の家の仏間には、ふたり分の位牌が飾られている。
L is for LAIKA




