25.机上の算段
誕生日パーティーの慌ただしさのお陰でアルとその奴隷について考えないでいたけれど、忙しさがひと段落すると私の前には怒りと困惑が待っていた。
あの女……誰がつまらない女よ!
顔がイマイチで悪かったわね!
たしかに可愛さなら貴女が上なことは認めるわ、可愛さだけならね!
それに何が「アル様は泣き虫よ」よ。
アルが泣き虫なわけないじゃない!
仮にそうだとしたら、そうだとしたら……
……私……アルのこと、何も知らないのかしら……。
私は項垂れた。
けれど、こうとも思った。
あの奴隷女の減らず口に思わず手を挙げてしまったけれど……今思うと、少し違和感がある。
いくら覚えが良いからと言って、記憶喪失だった小娘が、あそこまで流暢に喧嘩を売れるだろうか?
ついこの前まで、たしかに彼女は言葉が上手くなかった。
けれど同時に、慇懃無礼の中にも健気さのようなものが見て取れた。
私に『家に来るな』と泣きながら言った彼女。
私に『つまらない女』と笑いながら言った彼女。
果たして本当に同じ奴隷女だったのだろうか?
……なんて、あんな女が二人もいたら困るどころの話ではないけれど。
怒りを通り越して、現実逃避な考えになってしまった自分に叱責する。
どう足掻こうとも、あの女が私を侮辱し、私があの女を叩いた現実は変わらない。
アルは私をどう思っただろう?
暴力を振るう野蛮な女だと思っただろうか。
「──それ、記憶が戻ったんじゃないか?」
一人では抱えきれずにいた苦悩を、セルに話したら、セルは複雑な表情で一つの可能性を提示した。
目から鱗の説に、私は瞬いた。
「あら、それにしては嬉しくなさそうね? 記憶が戻ったなら一緒に祖国へ帰れるじゃない」
「ああ、いやその……」
「それとも、わたくしの話が信じられない?」
好きだった人が裏ではどんなことをしてるかなんて知りたくもないか。
私はぼんやりとそう思った。
「そうじゃなくて、お嬢が言ってる女とステラが結びつかなくて……でも、それならオレの説が正しいかもな」
「どういうことよ?」
「お嬢が家へ来るなって泣きながら言われた時も、もしかしたら他に誰か居たんじゃないか?」
「他に……誰もいなかったと思うけれど」
「お嬢からは見えなくても、誰か目撃者が居たとしたら、そいつの前で猫被るために殊勝な態度とったんだよ」
セル曰く、裏表が激しい人間なのではないかとのこと。
昔はセル……もといリベルタスの前でも健気な少女だったらしい。
人前ではそういう一面を見せつけてたのではないか。
「あるいは……お嬢に殴らせるためにわざと暴言吐いたか」
「何のために殴られたいのよ? わざと殴られたいなんて変態でもあるまいし」
「そりゃもちろん、お嬢と婚約者の仲を悪くするためだろ」
お嬢は何も分かってない、と溜め息混じりにセルは言った。
「いいかお嬢、今アンタの婚約者はお嬢のこと暴力女だと思ってるぞ」
「うっ……やっぱり……」
「お嬢は貴族のくせに案外素直なんだよ。相手の裏の意図を読まなきゃやっていけないぞ」
「案外は余計よ。そういうセルはなんでそこまで精通してるのよ」
「せーつー?」
「なんでそんなに裏を読めるの? って聞いたの」
「奴隷は主人の先の先のさきを読まないといけないらしいからな」
「貴方……意外に真面目なのね」
「意外は余計だ」
なるほど、私は素直だったのか。
事実に追いつけず朦朧とした頭でそれだけは理解した。
「それで、問題はどうやって記憶が戻った事を確かめるか、だな」
これにはセルは首を捻って唸った。
「本人に尋ねればいいじゃない」
「お嬢……バカか?」
「な、なによ! 馬鹿じゃないわ!」
「さっきも言ったけど、相手の裏を読めよ。裏表がある奴が相手なら特にな。そんな奴がお嬢にバカ正直に記憶が戻ったって言うと思うか?」
「さあ……どうかしら?」
「相手のメリットを考えろ。今記憶が戻ったと言って、そいつにメリットはあるか?」
メリットと問われ、私も知恵の無い頭をフル動員させる。
「メリット……無いかしら」
「そうだろ? 記憶が戻ったからと言って、祖国に帰れるとは限らない。祖国に帰れたとしても、もう家族も家もない。オレと帰れたとしても、生活の保証はない。……言ってて悲しくなってきたぜ」
また深く深い溜め息を吐いたセルへ、無意識にその淡い水色の頭を撫でていた。
「わたくしのために知恵を絞ってくれてありがとう」
「……別に、お嬢のためだけじゃない。オレのためだ」
「ごめんなさいね……本当はあの女の悪口聞きたくなかったでしょう?」
「別に……前から聞いてるし。それに、これがオレのお役目だ」
大人しく頭を撫でなれながらも俯いて顔を隠す限り、恥ずかしがっていることが手に取るように分かって微笑ましかった。
「と、とにかく! 負けっぱなしのままじゃなく、こっちからもやり返せよ!」
「やり返すって……叩いたのは私のほうだけど?」
「心証勝負ではお嬢がボロ負けだろ」
「うっ……」
「そこで作戦だけど……名付けて、そっちがその気ならこっちにも考えがある! 作戦」
セルは得意げに手紙を胸の前に掲げた。
「お嬢は真っ直ぐ過ぎるから、たまには他に目を向けて婚約者に嫉妬させるって寸法だ。この手紙の主とお茶会でもすりゃ、嫉妬してすっ飛んで来るぞ」
「…………それと、私の心証向上とどう関係があるのかしら? むしろもっと心証が悪くなるじゃない」
「いいかお嬢、男は追われるよりも追う生き物なんだぜ」
「…………誰の入れ知恵よ?」
「えっ?」
「貴方からそんな言葉が出るとは思えないわ」
「いやぁ〜、そのぉ〜……」
「分かった! マルク兄様ね!」
セルはバツが悪そうに頬を掻いてみせた。
「まったく、マルク兄様ってば、セルにまで吹き込んで!」
「まあまあお嬢、ものは考えようだって。つーか、もう招待状出しておいたから」
「なんですって!?」
「とりあえず一人に会ってみろって」
「それよりも、アルに謝罪の手紙を書きたいのだけれど」
「だーかーら! お嬢は押してばかりだからたまには引いてみろってば!」
「それって浮気にならないかしら?」
「大丈夫、シレンティウム殿下も呼んであるから」
「なんですって!?」
「たまにはゆっくりお茶でも飲みなよ。なっ?」
既にシレン様と、もう一人の殿方にお茶会の招待状を出しているという。
出してしまったものは仕方ない。
ここは腹を括ってしまおう。
「何かが変わるとは思わないけれど……」
「案ずるより産むが易しって言うだろ?」
「難しい言葉知っているのね。さてはそれもマルクお兄様の入れ知恵ね?」
「まあまあ、お嬢。みんなお嬢には幸せになって欲しいんだよ」
「あら、殊勝な態度ね。奴隷の鏡のようだわ」
「てことで、これ読んでおいてな」
差し出された手紙の便箋を見る。
差出人は『ローサ・ソノルス』と書かれていた。
「……ところでセル」
「なんだよ?」
「言葉遣い直しなさいって言ってるでしょう?」
「こっちの方が話し易い」
「そういう問題ではないの。貴方には立派な奴隷になって貰わなきゃならないんだから」
「立派な性奴隷ってなんだよ?」
「そうね、気品に満ち溢れて常に優雅に、それこそ貴族のご令息のような態度でいてくれなくては困るわ」
「へいへい、了解しましたお嬢」
「まったく……」
私は溜め息を吐きながら、手紙を読んだ。




