24.可愛い妹 マルク
僕には11歳離れた妹がいる。
この妹が、とにかく可愛くない。
なぜなら、何をしても笑わないのだ。
最初は機嫌が悪いのかと思ったけれど、菓子を与えても、人形を与えても、遊びに連れて行っても、叱っても、褒めても、何をしても妹の表情筋は動かなかった。
それでも血の繋がった妹なので、時間がある時には一緒にお茶をしたり人形で遊んだり、とにかく一緒に過ごして猫可愛がりした。
段々と言葉を覚えるようになると、妹のほうも懐いてきてくれるようになった。
相変わらず表情は変わらなくても、年相応のわがままは言ってくるようになったので、その頃には心から可愛い妹だと思うようになっていた。
妹が4歳になる頃、僕にも出逢いがあった。
学園で運命の人に逢ったのだ。
と言っても、最初は打算で近づいた。
そう、この国の第一王女、ネブラ・シムラクルム殿下に。
なんと言っても、彼女は次期国王だ。
我が国の王家は、男女関係なく産まれた順に王位継承権が与えられる。そのため長女である彼女が次の王様になる。
お近づきにならない手はない。
「やあ、おはようネブラ殿下。今日も元気そうだね」
「あら、マルク。そう見えるかしら?」
「ああ、君の背中に後光が輝いてるように見えるよ」
「まあ! わたくし神になったのかしら!」
「君はとっくに僕の女神だよ」
「今日も冗談がお上手ね」
霧が深い日に産まれたから『霧』と『霞』の意味を持つ『ネブラ』と名付けられた彼女は、別名『霞の姫』と呼ばれている。もちろん、皮肉で。
明るく快活で利発な彼女は、霞とも霧とも正反対なのだけれど、その見た目だけは深窓の令嬢のように見えなくもない。だから嫌味で『霧の姫』なんて呼ばれてるけど、本人は気にしてないらしい。
もっとも、次期国王に面と向かって『霧の姫』なんて呼んだ奴は見た事ないけれど。
ネブラ殿下はとにかく積極的な人間だった。
学園の生徒が困っていたら生徒会という生徒と学園の間に立つ組織を作り、初代生徒会会長になると数々の学園の変革をもたらした。
保守的な奴らはそれに反発したけれど、そいつらさえも黙らせる見事な手腕で、学園をより良い学びの場に変化させた。
これには未来の国王の繁栄を垣間見た気がした。
「ネブラ殿下のお陰で、学園が大分良くなりましたね」
「あら、それは私の功績ではないわ」
「謙遜なさらなくても、ネブラ様の実力を学園の内外に知らしめられたと存じます」
恭しく頭を垂れると、ネブラ殿下は歩み寄ってこうおっしゃった。
「……頭をあげてくださいませ。わたくしは知っています。裏で貴方が色々と手を尽くしてくださったことを。貴方の働きがあったからこそ、今があります。マルク、すべて貴方のお陰です」
そう言って、ネブラ殿下はなんと僕へ頭を下げたのだ。
一介の国民に、次期国王が頭を下げるなどあってはならない。
僕は慌てた。僕がした事なんて、ちょっと裏で根回ししたり、少し足りなかったところをフォローしたりしただけで、大した事は何もしていない。
それなのに、ネブラ殿下は頭を下げて感謝をしてくれた。
それがどれほど衝撃的だったか、言葉では表せられない。
「──マルク、お願いがあります」
「なんでしょうか? ネブラ様からの頼みでしたら何なりとお受けいたします」
「わたくしの伴侶となってくれませんか」
「えっ……伴侶!?」
「生涯わたくしを支えてください。お願いしますマルク」
常の快活な彼女ではなく、しおらしく強請られてしまったら、その可憐さとも合わさって威力は絶大だった。
「──はい、謹んでお受けいたします」
気づいたらそんな事を僕の口は言っていた。
ネブラと正式に婚約すると、今度は妹の婚約が決まった。
相手は妹と同い年の侯爵家の次男。
僕が王家に婿入りするため、侯爵家を継ぐ者が必要になる。妹は婿を貰うらしい。
婚約者が決まっても妹は相変わらず無表情だったようで、少し心配になった。
仮にも未来の公爵夫人になるならば、表情筋の操作は上手くなっていなければ、貴族社会で生きていけない。
これには、ネブラの弟が一役買った。
彼は会う度に、妹へ悪戯を仕掛けたらしい。
するとあの妹が無表情から一変、苦々しい苦渋の表情を浮かべるようになったのだ。
……うん、それで良いのかとは思ったよ?
可愛い妹が苦しむ姿に喜ぶなんて、どうかしてるって。
そうは思ったけれど、表情筋が生きていたことに僕は喜んだ。
次は笑顔を見たいと思ったけれど、残念ながら婚約が決まってからの僕は多忙を極めた。
次期女王を支える王配として、身に付けるべき事が山のようにあったのだ。
妹と会えない日々が続き、1年2年と過ぎたある日事件が起きた。
妹の婚約者が、なんと性奴隷を買ってきたのだ。
まだ7歳のくせに。
これには周囲は呆気に取られる他なかった。
その次に怒りが湧いた。
可愛い妹が嫁になるのに、なんで性奴隷なんかいるんだ! って。
両親も同じ思いだったらしく、侯爵家に激しく抗議した。
けれど、性奴隷を持つこと自体は我が国では当たり前のこと。少し早く買っただけ、と言われてしまえば二の句が告げなかった。
そう、我が国では性奴隷は極々当たり前の存在だった。
むしろ貴族なのに性奴隷を持っていない両親の方が稀有だった。
時間を無理くり作って妹に会いに行くと、久しぶりに会った彼女は泣いていた。
悲しげに顔を歪めて泣いていたのだ。
あの無表情で何をしても笑わず泣かなかった彼女が、泣いている。
僕は決心をした。
妹を必ず幸せにしてみせる、と。
それからは代わりの婚約者候補を捜した。
これには予想以上に苦労した。
なぜなら、妹の年代の子供が極端に少ないのだ。
妹が産まれた年、国内外で流行り病が大流行し、多くの命が亡くなった。
特に小さな子供が被害に遭い、我が国は危機的な少子化になっている。
そんな子供が少ない中、公爵家の令嬢に相応しい相手となると、もう雲を掴むほど少ない。
なんとか見つけた相手は4人。
妹より20歳年上の、27歳の伯爵。
1歳になったばかりの、子爵令息。
国一番の豪商の息子で今は海外にいる子爵令息。
そして、隣の隣の国の第五王子。
たった4人しかいなかったのかと言われれば、たしかにもう少しいるにはいた。
けれど、身辺調査をしたら黒い噂が絶えない家だったり、性奴隷を既に持っていたり、愛人を囲っていたり、素行不良が甚だしく、とても妹の婚約者候補にはできなかった。
頑張って見つけてきた婚約者候補を妹に披露したら、一蹴されてしまった。
どうやら妹はまだ目を覚ましていないらしい。
「あんな男やめなさい」
と言ったら、妹は泣きじゃくって叫んだ.
「お兄様がなんとおっしゃろうとも、わたくし、アルの婚約者をやめませんわ!」
それは子供のわがままなのか、令嬢としての矜持なのか。
妹に泣かれては、僕も折れるしかなかった。
「そこまで言うなら約束だ。デビューの日までにあの奴隷を何とかしなさい」
正直、妹が奴隷をどうにかできるとは思わない。
けれど、デビューの日まで、後5年もある。
それまでには流石の妹でもあの最悪な婚約者に愛想が尽きるだろう。
そうだ! せっかくだから婚約者候補と妹を接触させよう。
妹が心変わりして、婚約者候補を好きになれば御の字。
せめて、視野を広げてくれればと祈って。
こうして今日も国のため妹のため、僕は暗躍する。
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