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23.誕生日パーティー




 人を殴ってしまった。

 奴隷(カデナ)を殴ってしまった。

 一晩経つのに、まだ右手の掌が痛みで熱を持っているように感じる。

 あの女を殴った手からじわじわと体内に見えない何かが這って侵食されるような気がした。



 アルから手紙が届いた。


 奴隷(カデナ)を叩いた翌日、私は気が気じゃなかった。アルに嫌われてしまったと思うと、食事も喉を通らなかった。

 けれど、どう言い訳しようと暴力を振るった事実は変わらない。

 私は震える手で手紙を開けた。



『リスィが熱を出したから、

 今年の誕生日パーティーには行けない。』



 拍子抜けするほどあっさりと、手紙にはそんな事だけが書かれていた。


 そういえば、明日は私の誕生日だった。




 毎年盛大に祝われる誕生日には、いくつになっても慣れない。

 朝早くから身支度をし、これ以上ないほど着飾わされた。

 今年は朝はオレンジ色のドレス、昼はピンク色のドレス、夕方から夜にかけては紺色のドレスが用意された。

 結い上げた頭には、去年の誕生日にアルからプレゼントされた朝顔の髪飾りを刺した。

 アルは今日来てくれないけれど。



 大広間の奥の高い位置に、誕生日パーティーの時だけ造られる玉座のように豪奢な椅子がある。

 毎年お父様が腕にノリをかけさせて造らせているそれは、今年はより一層細かな細工が施され、黄金色に輝く特別な椅子になっていた。

 その椅子へ、主役の私が仰々しく腰を下ろすとパーティーが始まる。



 毎年恒例の祝福の言葉を贈るための長蛇の列に、私は内心辟易しながらも努めて微笑みを浮かべていた。


 朝から始まったパーティーが昼も過ぎて日が暮れる頃。

 何となく視線を遠い入口へと向けたその瞬間、私は悲鳴が出そうになるのを必死で耐えた。



「──ひっ……」



 大広間の入口に、今日見る事のないはずの深緑色とピンク色が見えた気がしたのだ。



 まさか、でもあの髪の色は……。


 私の手先は震え、顔は凍りついた。



 その時、一瞬だけ訪問客が途切れた。その隙を見計らって、私は誕生席から一目散に逃げた。

 侍女には風に当たりに行く、とだけ告げて。




 大広間はあんなにも人で溢れているのに、庭園には人気がなく、しんと静まり返っていた。遠くで微かに大広間から漏れ出る笑い声や楽団の音楽が聞こえる。



 ……私、また逃げている。

 嫌な事から逃げるだけなんて、子供のすること。

 そう頭では理解しているのに、心が追いつかない。


 思えば、あの日から逃げてばかりな気がする。

 あの日……アルが奴隷(カデナ)を買ってきた日から。


 そして今日も、私の誕生日よりも奴隷女を選んだ。

 アルにとって、奴隷女はなんなの?

 私よりも大切なの?



 考えれば考えるほど、目頭が熱くなり目の端に涙がじわりと滲んだ。

 

 


 その時だった。



「──今宵は月が明かりが眩しくて星が見えない夜かとかと思ったら、こんな所に星が落ちていたようですね」



 どこから聞こえたのか、甘い声にあたりを見回すと、背後に見知らぬ少年が立っていた。

 私は咄嗟に指先で目元を拭った。



「こんばんはお嬢さん。今夜は素敵なパーティーにお招きいただきありがとうございます」



 灰色の髪にルビーのように真っ赤な瞳をした少年は、人当たりの良い笑顔でお辞儀をした。

 慌ててこちらも礼を取る。



「……あの……」

「初めまして。驚かせてしまいましたね。

 私はローサ・ソノルスと申します。貿易商を営んでいる父の手伝いをしております。『ソノルス』はどこかでお耳に挟んだ事があるかと」



 ソノルス家。聞いた事がある。

 国で肩を並べる者がいない豪商の家だ。

 兄がいつだか勧めてきた縁談の中にいた気がする。

 興味が無かったから適当に書類を見たけれど、たしか二人いる息子がどちらも優秀で、何代も前には王家の姫を娶っているので家柄も申し分ないとか。その際に爵位も賜っていたはず。



「ええ、存じておりますわ。『ソノルス』が扱う品はどれも上質で、よく利用させて貰っております」

「それはありがとうございます。今後ともご贔屓に」

「ええ、こちらこそ」



 より一層微笑まれたので、こちらも微笑みを返した。頬が引き攣ってしまってないか心配だったけれど、上手く笑えたかしら。


 そこで、ハタと気づいた。

 私、名乗り忘れている、と。

 これは淑女にあるまじき失態。

 私は慌てて口を開いた。



「失礼いたしました、わたくし……」

「存じておりますよ、アヴロラ様。私達の年代で貴女を知らない者はいないでしょう」



 『知らない者はいない』

 その言葉が、私の心を一瞬で冷たくさせた。


 たしかに、そうかもしれない。

 7歳で奴隷を買い取った事で有名な男、の婚約者。話のタネにはうってつけだ。

 みんな面白おかしく私達の事を噂しているのは知っている。

 それのほとんどが嘘やデマカセだけれども、全部が全部がデタラメではない。

 アルが愛らしい奴隷を買ったことは事実なのだから……。



「失礼。貴女の顔を曇らせるつもりはありませんでした」

「いいのです。わたくしがある意味有名なことは本当の事なのでしょう。気を遣わせて申し訳ありません」

「お詫びと言うわけではありませんが、こちらを受け取って貰えませんか?」

「え?」



 差し出されたのは小さな小包。

 青い薔薇の花のように重なったリボンで飾られたそれを、少年は私の片手をそっと取り受け取らせた。



「誕生日おめでとうございます。貴女に祝福があらんことを」

「開けてもよろしくて?」

「ええ、もちろん」



 手中の青いリボンを解くと、中には真っ青なガラスでできた青い薔薇の髪飾りだった。



「素敵……」

「青い薔薇には、『奇跡』『神の祝福』という意味があります。貴女に相応しい花かと」



 そこでふと、自分には仰々しいまでの通り名があった事を思い出した。

 オーロラの日に産まれた、『奇跡の少女』と。



「よろしければ、お(ぐし)に飾りましょうか?」

「えっ……」

「今宵の貴女に着けていただきたいのです」



 力強い眼差しで見つめられて身動ぎ、反射的に頭の上の髪飾りに手を添えた。

 アルから貰った、朝顔の髪飾り。



 どうしよう……どうせアルは来ない。



「いかがしますか?」

「そうですわね……お言葉に甘えようかしら」

「では、こちらへ」



 促されるまま、手近なベンチへ腰を下ろした。

 少年がベンチ越しに背後へと回り、そっと朝顔の髪飾りを外す。

 代わりに私の手の中の箱から、真っ青な薔薇の髪飾りを取り、結い上げた髪へと刺した。



「とてもお美しい……」

「もったいないお言葉ですわ。ありがとうございます、大切にしますね」

「今宵出逢えたこと、神に感謝します」

「大袈裟ですわね。でも、わたくしもお会いできて嬉しかったです」



 我ながら現金なもので、少年のおかげで沈んでいた気持ちが嘘のように軽かった。


 遠くで侍女が私を呼んでいるような声がして、ハッと我に還った。



「ごめんなさい、わたくしもう戻らないと……」

「構いませんよ。またお会いできるの楽しみにしております」



 少年は恭しくお辞儀をしたので礼を返すと、私は喧騒の蔓延る大広間へと帰った。


 誕生席に戻ると、大好きなお兄様が待ち構えていた。

 


「お兄様! 来てくださったんですね」

「当たり前だろう、可愛い妹の誕生日じゃないか。はい、プレゼント」

「ありがとうございます」

「それから、害虫は駆除しておいたから安心しなさい」

「え?」

「誕生日おめでとうアヴィ!」



 お兄様の隙のない笑顔に押されて、結局は何も聞けなかった。




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『魅了の魔女は婚活中』

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