17.優しさに触れて
地獄のようなお茶会は、その後粛々と行われ、情報の整理をすることができた。
私の心にドス黒い影を落としたお茶会で、分かったことは三つ。
一つ、セルの実家は平民の中ではそこそこ裕福な家庭で、奴隷女の貧しい実家に日頃から支援をしていたそうだ。
二つ、奴隷女の本名は『ステラ』というらしい。
そして三つ目、奴隷女の実家は、今はもう無いということ。
唯一の家族である母親が、奴隷女が誘拐されてすぐ病に倒れて亡くなったらしい。
奴隷女が帰る場所は無い。
これには、アルは心なしか嬉しそうな顔をしていた。
仮にも人様の親が亡くなっているという事実に喜ぶなんて不謹慎だと思ったけれど、アルにとってはそれよりも奴隷女が帰る家がないという現実が勝ったのだろう。僅かに口許が緩んでいるのが見えた。
その反応に、私の心にまたドロドロとしたものが流れ出る。
以上が、セルからの情報。
セルが話している間、奴隷女はずっとアルの腕にしがみ付いていた。
「──それで、何も思い出さないのかい?」
シレン様が深い溜め息と共に奴隷女へと目を向けるも、奴隷女は不敬にもプイッと顔を横に逸らした。
「こらリスィ、シレンが訊いてるだろ。答えなさい」
「知らないものは知らないもん! アル様こわーい、怒らないで〜」
グスッとまた泣き出すような仕草をすれば、アルは慌てて奴隷女の頭を撫でた。
「すまない、怒っていないから。ただ、彼の話が本当ならば……」
「あら、アルクスはわたくしの奴隷の話を疑っているのかしら?」
「いや、そういう訳ではないが……」
いい加減我慢の限界に達しそうで、思わず嫌味が私の口から零れ出た。
散々目の前で私以外の女を侍らせている様を見せつけられて、拗ねて嫌味を言うくらい許して貰いたい。むしろそれで済んでいるのだから、私の忍耐力を褒めて貰いたい。
「まぁ、当初の予定は達成できなかったけれど、今回はこれくらいでいいんじゃないかな?
というわけで、お開きにしようか」
シレン様は手を叩き、席を立って言った。
その声に従い、アルは奴隷を伴って部屋を出て行った。
残された私は、二人の後ろ姿をいつまでも見ていた。
「──アヴィ、気分転換に庭でも観に行かない? 季節の花が綺麗に咲いているよ、一緒に観に行こう?」
シレン様は明るい声でそう言うと、私の手を取り庭園へと導いた。
宮殿の庭園はシレン様の言われた通り色とりどりの花が咲いていた。一段と綺麗に整われた花壇の前に置かれたベンチに腰を下ろし一息つくと、陰鬱としていた気分が少しずつ晴れていくのを感じた。
「アヴィ、大丈夫?」
「何がですの?」
「さっきのお茶会の間、ずっと怖い顔していたから」
「えっ!?」
「あんなに怖い顔、アヴィできたんだね。知らなかったよ」
私は慌てて己の顔を両手で覆った。
「そ、そんなに酷い顔をしておりましたか?」
「うん、まるで鬼みたい」
「おに?」
「知らない? 異国のお伽噺に出てくる怪物」
そう言って、シレン様はいつもの悪戯っ子の笑みを浮かべた。
いくらなんでも怪物は酷くはないですか?
「もしかして、それは人を襲って食べるという……」
「そうそう、最後にはヒーローにやっつけられちゃうやつ」
「なるほど、どうやらシレン様はわたくしに襲われたいようですわね」
「あはは、アヴィにだったら食べられてもいいよ」
「まったく、お戯れが過ぎますわ」
「まぁ、冗談じゃないけどね……」
「えっ……なんて?」
びゅんという風が吹いて、シレン様が何と呟いたのか聞き取れなかった。
シレン様のおふざけに触れて、強張っていた表情筋が解れたのを感じた。
シレン様は本当に、いつも私を支えてくださっている。
今度は私がお支えしたい。そう思うのは烏滸がましいことだろうか。
「──アブロラ」
視界の端に影が見えて顔を向けると、そこには奴隷女と消えたはずのアルが立っていた。
「すまない、邪魔だったか?」
「いや、別に問題ないよ。アヴィに何か用かい?」
「用という訳ではないが……」
シレン様の問いに、アルは煮え切らず言葉を濁した。
「何かお話があるのでしたら、場所を変えますが」
「いいよ、僕が帰るから、アルクスがここに座ればいい」
「そんな! シレン様がお気を遣われずとも……」
「いいからいいから。ほらアルクス、こっちに座りなよ」
シレン様は立ち上がるとアルを手招き無理矢理私の隣に座らせ、満足したような顔で庭園を後にした。
残った私達は気不味くて、空気が重かった。
「……アヴロラ」
「……はい」
「また、我が家にお茶でも飲みに来ないか?」
「え?」
「最近二人でお茶を飲む機会がなかっただろう?」
「ええ、そうですわね……」
アルが奴隷なんかを買って来てから、二人でお茶をしていなかった。
それを、アルも気にしていたということ?
本当に?
「ゆっくりお茶でも飲みながら話をしないか? もちろん、アヴロラが良ければだが……」
「そんな! わたくしの答えは決まっていますわ! もちろんお茶しましょう」
私の言葉に、アルはいつもの不機嫌そうな顔ではなく、小さく笑った気がした。
それだけで、私のドロドロとした醜いものが渦巻いていた心は、すっかり綺麗さっぱり晴れた。
我ながらなんと単純なんだろう。
けれど、それくらいアルの笑顔が嬉しかった。
数日後、アルの家に行った事に後悔するとも知らずに。




