14.王子様とランチ
「説明して貰えるかな?」
広い玄関ホールに、私とシレン様。
そして真向かいに、アルとその奴隷。
「説明も何も、何が気に喰わないんだ?」
不機嫌な顔のまま、アルは小首を傾げた。
本当に、分かっていないらしい。
「僕は文に『3人水入らず』と書いたはずだけど?」
シレン様は珍しく苛立ちを隠す事なくおっしゃった。
「ああ、だからこうして3人じゃないか」
気付いていないアルは素知らぬ顔で言う。
ここには“3人”しかいないと。
アルの片腕には、か弱い少女が怯えた顔をして縋り付いているというのに。
「奴隷を連れて来いなんて言っていない」
苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、シレン様は奴隷を、震える少女を指差した。
「次期王の補佐官志望にしては狭量ではないか? 奴隷も受け入れ……」
「奴隷の話はしていない! お前がどういうつもりなのかと訊いているんだ!」
「なんだと!?」
「お、お待ちください二人とも! 落ち着いてくださいな!」
アルが、シレン様が、声を荒げるなんて。
私は二人の間に立ち、詰め寄っていた二人の距離をそれとなく離した。
そしてアルに真っ直ぐ体を向けた。
「アルクス、ここは王家の離宮です。王家の許可なく奴隷を連れ込んで良い場所ではありません」
奴隷をなるべく視界に入れないようにと思っていたけれど、アルを見れば自然と彼に寄り添う少女が目が入る。
少女は私を見ていた。自然と交わる目線。
私を真っ直ぐ見つめる少女の目は、か弱いとは程遠い、強い眼差しだった。
その視線に一瞬だけ怯みそうなったけれど、上手く隠せただろうか。
いいえ、今はそれどころじゃない。
早くこの場を収めないと。
そう心の中で己を叱咤し、今度はシレン様へ体を向けた。
「シレン様。シレン様がよろしければ、彼女にも離宮を味わわせて差し上げたいですわ。ここは乙女にとって夢のような場所。わたくし一人が堪能して良い場所ではございませんもの」
努めて、謹んで、私は微笑みを浮かべてみせた。
シレン様のお心がどうか少しでも和らぐようにと願いを込めて。
でも、自分の顔が上手く笑みを作れているのか分からない。
いいえ、きっと失敗してしまった。
その証拠に、シレン様が大きな瞳をもっと大きく見開いていらっしゃる。
「…………分かった。アヴィがそこまで言うなら、その奴隷の滞在を許そう……」
その言葉に、私は微笑みを貼り付けたままホッと胸を撫で下ろした。
「──ただし条件がある。アヴィの奴隷も一緒に滞在させる。異論は認めない!」
それだけ言い放つと、シレン様はお部屋へ向かわれてしまったので、私が嘆願をする隙は無かった。
ああ、どうしてこうなってしまったの……。
離宮へ連れてきた従者の一人に事の次第を言伝てて早馬で家へと帰らせると、私も充てがわれた部屋へと引っ込んだ。
これ以上、アルと奴隷がいる空間に1秒でも居たくなかったから。
同じ空間に居たら見てしまう。そして口が動いて、思わず非難をしてしまいそうで。
私はそんな自分を心の底から嫌悪していた。自分も性奴隷を買ったくせに、それを棚の上に放り投げてアルを責め立ててしまいそう。そんな自分を、心底嫌いになっていた。
正午になり、部屋へ引き篭もっていたシレン様がランチを召し上がりにいらっしゃるだろうと私も部屋から出ると、廊下でばったりシレン様と鉢合わせた。
いいえ、もしかしたら私の事を待っていたのかもしれない。
その証拠に、シレン様は時折見せる悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「やあ、アヴィ」
「シレン様。奇遇ですわね」
「うん、ほんと偶然偶然」
「この広い離宮でたまたま同じタイミングで廊下で出会すなんて事があるのですね」
「まぁ正午だからね。アヴィもお腹を空かせて出てきたんだろう?」
「わたくしは食い意地が張っておりませんので、一食抜いたところで差し障りございませんわ」
「それはいけない。三食食べるのが健康の秘訣らしいよ?」
「まあ、それはわたくしに丸々と太れと?」
「太ったアヴィも可愛いと思うけどな」
「思ってもいないお言葉を頂けて幸いですわ」
いつもと変わらぬ減らず口合戦を繰り広げる事ができて、私の胸のつかえが取れた。
先ほどアルとの諍いを収める際、初めてシレン様に阿る態度を取ってしまった。王家の王位継承権第二の王子であるシレン様をずっと敬ってはいたけれど、ご機嫌取りなんて一度もした事はなかった。そんな態度、するのもされるのも願い下げだったのに……。
だから、今度こそ軽蔑されてしまったのではないかと不安だった。あの場を去る際も、私の顔を一度も見てくださらなかったから。
けれど、全ては私の杞憂だったと分かった。
シレン様がこうしてまた目を見て微笑みかけてくださる。それが答えだと思った。
「早馬を出したんだって?」
「お耳が早いですわね」
「セルといったかい? 彼とはまだ挨拶くらいしかしていないから話してみたいと思ったんだ」
「まあ。それは光栄ですわ。ですが、ご期待に添えられる会話ができるかも怪しいですの。不敬をしでかさないよう、口を縄で縛っておきますわね」
「それは虐待じゃない?」
「主人にはその権利がございますわ」
「そんな事考えてもいないくせに、よく言うね」
「買い被りですわ」
「アルクスに見せ付けてやりなよ。君の奴隷は世界一ってね!」
そんな事は一度も思った事などない。
セルが世界一な事なんて、きっと無いと思う。
けれど、私の醜態を見せられるのは世界に一人、セルだけだとは思っている。
彼だけが私の醜さを見せられる唯一。
昼食は天気が良いため、テラスで摂る事になった。
私とシレン様は向かい合って座ると、侍女達が運ぶ料理に舌鼓を打った。さすが王家お抱えの料理人。どの一品も宝石のように輝いていて、この離宮の装飾の一つのようだった。
ふとシレン様を見ると、こちらを見ていて目が合った。紺色の大きな瞳が私を映している。
「──アヴィはさ……」
「はい、なんでございましょう?」
「……いや、なんでもない」
「左様ですか」
「……アル達のこと、訊かないんだね」
言われてようやく、そういえば見てないな、と思った。むしろ視界に入らないほうが心穏やかでいられるから考えないようにしていた。
「……あの二人は昼食をいかがしたのですか?」
仕方なく渋々と尋ねると、シレン様は愉しげに笑った。
「気になる?」
「シレン様がお聞きになったのでしょう?」
「気にならないなら教えてあげない」
「意地悪をおっしゃらないでくださいませ」
「じゃあ気になる?」
「…………はい。気になりますわ」
「そっかそっか、気になるんだね」
王子様はこの上なく愉快げに笑われた。
「アルクス達は部屋で摂るんだって」
「左様ですか」
「なんでも、まだ人前でご飯を食べさせられるレベルじゃないんだってさ」
「左様ですか」
「二人きりで部屋に籠ってるんだ。……どう思う?」
どうと言われても、二人きりなど今に始まった話ではないのだろうと思う。
きっと彼らは普段から勉強と称して二人きりの時間を過ごしている。きっとそう。
だからなるべく考えないようにしていた。考えてしまうと不安と焦燥でどうにかなってしまいそうだったから。思考の外へ放り投げると、思いの外楽だった。
そう、今日まで考えないようにしてきた。
私が会いに行かなかった分、あの少女がアルの隣りにいたのだろうという事実から目を逸らしていた。
「……彼女はアルクスの奴隷ですわ。同じ空間にいても問題はございません」
「本当に?」
「ええ、問題はございません」
嘘だった。本当は、問題が山積みだった。
自分以外の異性と長時間一緒にいるなど、許せる婚約者なんて存在するのだろうか?
多分いない。だって、私は許せない。
今日まで耐えられたのは、現実から目を逸らして見ないようにしていたからだ。
見てしまえば、考えてしまえば、目の当たりにしてしまえば、私は自分がどうなるか分からない。
「そう? アヴィが嫌なら、邪魔しに行こうかなって思っていたんだけどな」
「寛大なご配慮痛み入りますわ」
「婚約者の正当な権利を主張しても良いと思うけど?」
「かような事、わたくしがするとお思いですか?」
「うん。しなよ、ちゃんとさ。さもないと、後悔するかもしれないよ? 僕みたいに……」
ちゃんとと言われても、今はまだ直視できる自信がない。
ふと窺い見たシレン様の顔色が、少しだけ優れてないように見えた。
「シレン様……?」
「ごめんごめん、なんでもない。忘れて」
それきり、シレン様からは美味しい料理のお話を振られ、楽しい会話を過ごしていたらあっという間に昼食は終わった。
食後のお茶を飲みながら和んでいると、早馬で家へ行かせた従者が戻って来た。
まもなく、私の奴隷が到着すると。
シレン様へ目配らせすると、彼はいつも通り和かに笑った。
「僕もお迎え行きたいな」
「そんな……シレン様を煩わせるわけには参りません」
「気にしないでよ。ここには“3人”しかいないわけだしさ」
「ですが……」
「僕がしたいんだ。いいだろう?」
本来、王族が迎え入れるほどの者となると、身分が高くなければならない。例えば公爵家の娘である私や、侯爵家の息子であるアルならば問題はない。
けれど、今から来るのは私の奴隷。ただの奴隷。
この離宮に奴隷を入れる事ですら恐らく前代未聞なのに、王子自ら迎え入れるなど、果たして良いのだろうか……?
いいえ、きっと良くない。
シレン様の品位に関わってしまう。
渋る私へシレン様は尚もこう続けた。
「アルクスの奴隷も僕が招き入れた事にするから、アヴィの奴隷も迎えてもいいだろう?」
「そんな……良くはありませんわ」
「これは全部僕のわがままが招いた結果だ。ここに君達がいるのも、奴隷がいるのも、全部僕が招いた事だ。アヴィが気にする事ないよ」
一点の曇りもない爽やかな笑顔でそうおっしゃるシレン様に、私が何を言えよう?
押し黙る私にシレン様は続けてこうおっしゃった。
「僕はねアヴィ、これは好機だと思ってるんだ。アルクスの目を覚まさせる良い機会かもしれない」
城の前に馬車が到着したと、使用人達から報せが来たのはそれから僅かの間だった。
私とシレン様はおもむろに城を出ると、庭園を抜けて馬車の停留所へと訪れた。
「本当にお出迎えされるのですね……」
「まだ言うの? アヴィは気にし過ぎだなぁ」
気にするに決まってる。この方は我が国の次代を担うお方。本来なら一つの汚点もあってはならないのだ。
それなのに、奴隷が周りをうろつくなんて良いはずがない。
シレン様は親戚であり大切なご友人だけれど、私が彼の汚点になる日が来るのではないだろうかと不安に駆られた。奴隷を持つ私が、汚点になる日が。
「あ、来たみたいだね」
城の前に広がる庭園の入り口で待ち構えていると、大きめの馬車がやって来た。装飾から見るに我が家の馬車。あれに、私の奴隷が乗っているのだろう。
隣を見るとシレン様が和かに微笑まれている。私とは正反対に楽しそうに。
その笑みに、心配ばかりしている自分が少しだけ馬鹿らしくなった。当の本人が楽しそうにしているのなら、水を差すべきではないのかもしれない。
私はそう思い直して、馬車へと向き合った。
すると、停まったばかりの馬車のドアが大きな音を上げ勢いよく開かれた。
「──ステラ!!」
私の奴隷は私の横を素通り、後方にいた少女へと駆けて行った。




