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13.水入らずのお誘い




 王宮でのお茶会を無断で逃げ帰ったあの日、早々にシレン様へ謝罪の手紙を書いた。

 あのお茶会は定期的に行われる形式的なもので、王族は場所を提供しているだけで主催というわけではないし、主催者は私の家よりも地位が下の方だったはずだからさしたる問題は無いけれど、シレン様へご挨拶もせず退席したのは良くなかった。

 なので私としては平身低頭な姿勢でお詫びの文を認めた。


 すると翌日の午後、ご本人が我が家へとやって来た。


「やあ、アヴィ。元気そうで良かったよ」

「いらっしゃいませシレン様。お会いできて光栄ですわ」

「そうだね、昨日は遠くから顔を見るだけだったから寂しかったよ」

「申し訳ございません……」

「それで、何かあったのかい?」


 シレン様の優しい声音により、私は昨日の事を思い出した。

 アルに奴隷(カデナ)の事をとやかく言われた事を。

 言われた私はその場を辞した事を。


 我が家の広い応接間で、私は掻い摘んでシレン様に事の次第をお話しした。


「なるほどね。それでアヴィは逃げ帰ったんだ?」

「敵前逃亡みたいにおっしゃらないでくださいませ。意義ある撤退でしたわ」

「僕に挨拶もせず帰ったのに?」

「それは……申し訳ございません……」

「ごめんごめん、イジメに来たわけじゃないよ。そうだ! アヴィの奴隷(カデナ)はどんな奴隷(カデナ)なんだい?」

「どんなと申しましても……無礼で無作法で不躾なので、とてもシレン様にお見せできるような代物ではございませんわ」

「見せたくないんだ?」

「お見せできないのですわ」

「僕は見たいけどな、アヴィの秘蔵っ子」

「ですから、そういうつもりではございません。見ても楽しいものではございませんから、見せられないと……」

「見たいな」


 それは有無を言わせぬ極上の笑顔だった。


「…………後悔しても知りませんわよ」


 昨日礼儀を欠いた私には、断る権利など鼻から無かった。



 私の私室の隣り。物置にしていた小部屋に、簡素なベッドと机を置いただけのそこが、私の奴隷(セル)に与えた部屋。

 その部屋の前へ立ち、大きく息を吸い込んでから、ノックを二度して有無を言わせず入った。


「セル。悪いけれど、今から貴方を紹介したいの。とても高貴な方だから、学んだマナーを忠実に実行してちょうだい。くれぐれも私へしているような無礼な態度はしないように。今貴方ができる最上の態度と所作を見せて欲しいの。よろしくて?」


 早口で(まく)し立てた言葉を、どれだけセルは聞き取る事ができただろう?


「それがお嬢の命令なら」


 予想に反して、机に向かって勉強をしていたセルは冷静に応えた。

 内心焦る私とは相反して。


「え、ええ、命令よ。それから、その方の前では絶対に『お嬢』なんて呼ばないでちょうだい。さあ、行くわよセル!」


 意を決して、セルを連れ出し部屋を出ようとした私へ、セルは背後から言った。


「……でもよお嬢、オレまだマナー勉強してねぇぞ」


 その言葉に、私の足は絡んでうっかり転びそうになった。セルに腕を支えられて何とか転倒は免れた。


 たしかに今日から教師を付けたばかりで、マナー講座に取り掛かるまでまだまだ掛かるだろう。

 報告では、午前の授業で日常の挨拶から仕草までを教えたと教師から聞いた。


「とりあえず、何を聞かれても『はい、シレン様』と答えなさい。あとはわたくしがフォローしますわ」


 普段から身綺麗にさせているから、これ以上着飾らなくても良いだろう。

 奴隷(セル)は使用人達よりも良い服装をさせている。これはセルを特別に思っているからではなく、使用人と性奴隷(カデナ)とを内外的に区別させるための処置。

 それが今回は上手い具合に時間短縮を産んでくれた。


 髪が少し乱れていたので手櫛で整えてあげると、普段から拗ねている顔をセルはますます拗ねさせた。


「いい。自分でやる」

「あらそう、では整えながら行きましょうか。あまりお待たせしたくないの」


 セルを連れて早足で応接間に戻ると、シレン様は優雅に紅茶をお召しになられていた。


「早かったね」

「お待たせいたしました。こちらがわたくしの奴隷(カデナ)、セルでございます。セル、ご挨拶を」


 後ろへ控えるセルの腕を引き、隣に立たせる。


「…………セルでございます」


 私が発した言葉を真似して繰り返したセルは、ぎこちなく頭を下げた。

 一連の様子を、シレン様は不思議そうな顔で眺めてらした。


「セル?」

「はい。古い異国の言葉で『奴隷(セルウス)』から取りました」

「へぇ〜、セルねぇ〜?」

「な、何か……?」

「まるで誰かさんの愛称みたいな名前だなって思っただけだよ」


 それは、彼の事をおっしゃっているのだろう。

 私の婚約者。私がもう愛称で呼べない相手。

 アルの事を、おっしゃっているのだろう。


 言われて初めて、彼らの名は似ていると気付いた。いいえ、気付かないようにしていた。

 もう呼べぬ愛称の代わりに、自分の奴隷に似てる名を付けたなんて。

 無意識に、そんな惨めな事実から目を背けていた。


「……たまたまですわ」

「そう? なら僕の気のせいか」

「ええ、そうですわ」

「不機嫌そうな顔も似てるね」


 シレン様の指摘に、私の肩は大きく跳ねた。


「ぜ、全然似ていませんわ! どちらかと言えばシレン様に似て……」

「僕に似てる奴隷(カデナ)を買ったんだ? それは深読みしちゃうなぁ〜」


 口が滑るとはこの事で、『シレン様に似てる』と口走った瞬間、シレン様のほうから鋭い眼差しが飛んできた。


「し、失礼いたしました。不敬が過ぎました」

「ん? 気にしてないよ。それより、アヴィの狼狽えるところが見れて楽しかった」

「左様でございますか……」


 私はシレン様の玩具(おもちゃ)にされただけなのかもしれない。


「それにしても君、顔がいいね。僕には劣るけど」

「はい、シレン様」

「アヴィは君を優しく扱ってくれてるかい?」

「はい、シレン様」

「それともイジメられてる?」

「はい、シレン様」

「鞭で叩かれたりしてない?」

「はい、シレン様」

「やっぱり! そうだと思ってたんだよね〜」

「はい、シレン様」

「やっぱりとはなんですか、やっぱりとは! それとセル! もう何も言わなくて結構ですわ!」


 王子様は腹を抱えて笑っている。その笑顔すら美しいのが小憎たらしい。

 目元に溜まった生理的な涙を指で拭いながら、シレン様はまだ収まらぬ笑いを絶え絶えにこうおっしゃった。


「そうそう、今日はアヴィを誘いに来たんだ」

「お誘いでございますか?」

「うん。前にお茶会で行った離宮を、今度僕が数日借りられる事になったんだ」

「まあ! あの離宮をですか!」


 先日お茶会で訪れた離宮は、おとぎ話に出てくるお姫様のお城のように、キラキラとした細工や飾りがそこかしこに施された素敵なお城だった。


「僕もまだアルとギクシャクしちゃっててさ。だからいっその事、三人で離宮を独占しない?」


 悪戯を行う時と同じ顔をして、シレン様は口元をニヤリと歪ませた。


「久しぶりに三人水入らずで。どう?」


 本当は、アルとはまだ会いたくない。

 心の準備がまだできていないから。

 けれどこれは、またと無い機会かもしれない。

 三人だけなら、あの奴隷(カデナ)はいない。

 前みたいに三人で、なんの邪魔もなく会える。


 私はシレン様の素敵なお誘いを二つ返事で頷いた。



 

 ふた月ぶりに訪れた離宮は、前に訪れた時とはまた違う花々が庭を飾っていた。

 可憐な花達に目を奪われ、離宮の前に広がる庭をしばし眺めていると、遠くから人の声がした。



「アルさまー! ここのお庭とっても素敵ですね! 後でお散歩行きましょー!」


 ここで聞く事など無いはずの声が聞こえた。




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