4-8 本気の眼差し
「キース……?」
一体どうしたというのだろう?
キースとは旅を続けている間、
口喧嘩が起こらなかった日なんて
一日たりともなかった。
だからこそ、分かる。
今の彼の怒りは、
いつもの口喧嘩のそれとは
明らかに違っていた。
「ねぇ、キース。
もしかして……怒ってるの?」
「あぁ、猛烈に怒ってる。
もしこれが怒ってないように見えるなら、
相当お前の頭がどうかしてしまったんだろうな」
キースは吐き捨てるように言った。
「でも、むしろキースにとっては
嬉しい話じゃないの?
私と一緒にいると、
また絶対にあの人たちが襲ってくるわ。
二人の本当の目的は私だけど、
あなたは違う。
私を誘拐した犯罪者として、
容赦なく排除しにかかってくるわ。
見たでしょ?
さっきの彼らの力を」
「だから? ここから別行動しようって
言ってるのか? ……俺の身を案じて?」
腕組みをしながら、
キースがさらに険しく私を
睨みつけてくる。
「そ、そうよ……」
そんなの、当然じゃない。
私はキースをこれ以上、
危険な目にさらしたくないのだから。
「それで? 俺と別れた後、
お前は一人で旅を続けるって言うのか?
そして、さっきの奴らにおとなしく捕まって、
バルディアに帰るっていうのか?
暗殺者がいるかもしれない、
あのバルディアに」
キースの口調が、激しくなっていく。
「いいか! よく聞け、サラ!」
突如、キースは私をビシッと指さした。
「お前、自分の命を狙ってきたアレスと
本当に結婚するつもりなのかよ!?
本当にそれでいいのかよ!」
怒りのためか、声を震わせるキース。
「そ、それは……」
いいはず、ない。
確かにバルディアで姫だった頃は、
アレス様に憧れていた。
彼と結婚できたらどんなにか素敵だろうと、
夢見たことだってある。
だけど、キースと出会った。
一緒に旅を続けて……
毎日口論が絶えなかったけれど、
私の人生の中で、今が一番充実していた。
そこへ憧れだったはずのアレス様が
現れて、私の命を狙ってきたのだ。
キースとさよならして……
いつ命を狙ってくるかもしれない
アレス様と結婚なんて……。
思わず俯いた、そのとき。
「サラ」
名前を呼ばれて顔を上げた。
未だに憮然とした表情のキースと目が合う。
「いいか、サラ。
俺はなぁ、いつだってお前から
離れようと思えば、出来たんだよ。
だがな……何で今までそれを
してこなかったか、分かるか!?」
「わ、分からない……わ」
そうだ。
キースはいつだって、
私を置き去りにしようと思えば
出来たのだ。
私を追手たちに引き渡すことだって……。
「『分からない』かよ。今までずっと一緒に
騒がしい旅を続けて来たって言うのに」
「……」
私は黙って、キースの言葉を聞いていた。
「いいか? 俺は騎士だ。
騎士という者は、相手を一度守ると
決めたからには、最後までやり遂げるんだよ!
……大体、お前。
アレスに剣を向けられて、
泣くほど怖かったんだろう?」
「あ……」
確かに、あの時私は泣いた。
でも今にして思えば、
あんなに泣いたのは怖かったから?
それとも……。
私は、目の前のキースをじっと見つめた。
キースのかけてくれた言葉が
嬉しかったから……?
「お前がアレスを恐れて、
あんなに泣いている姿を見たって
言うのに、このまま俺が
『ああ、分かった』と言って
引き下がるとでも思っていたのか?
だとしたら心外だな」
いつの間にか、
キースの声は穏やかなものに変わっていた。
「俺は何があっても、お前を守る。
俺の国へ連れて行き、保護する。
あんな危険な奴らがいる国へ、
サラを引き渡すのはあまりに危険だ」
「キース……だ、だけど、
そんなことしたら国家間の争いに
なるんじゃ……?」
キースの言葉はとても嬉しかったけれど、
私一人のために彼の国を巻き込むなんて……!
「そんなことは今、考えなくていい。
とりあえず、この国を無事に離れることだ。
いいか? 俺とお前は一蓮托生だ。
そ、それに……俺たちは、
相棒……なんだろう?」
最後の方のセリフを言うキースの顔は、
何故か真っ赤に見えた。
きっと、それは蝋燭の光のせいだけじゃない。
キースの言葉が、ただただ嬉しくて
私の目にじわりと涙が浮かぶ。
「キース……あ、ありが……」
そのとき。
――パチパチパチパチ……!!
突如、酒場の中から一斉に激しい
拍手が沸き起こった。
「な、何だ!?」
「キャア! 何!?」
慌てて周囲を見渡すと、
いつの間にか私たちの席の周りに、
大勢の客が集まっていた。
「くぅ~!!
泣かせる話じゃないか!」
「感動したぜ!!」
「よくぞ言ってくれた!」
「一世一代の告白だな!?」
「おめでとう! 前途多難だろうが、幸せにな!」
赤ら顔のおじさんたちが、
口々に熱い祝福の言葉を浴びせてくる。
そんな……!!
まさか、私たちのシリアスな会話が
周囲に丸聞こえだったなんて……!
キースを見れば、
顔から一気に血の気が引いたように
真っ青になっていた。
「い、いや! い、今のは違う!
……そう! 俺たちは役者!
台詞の打ち合わせをしていただけだ!
な、そうだよな!?」
必死の形相で言い訳をするキース。
でも……。
確かに! それはナイスな考えだわ!
「そ、そうなんです!
わ、私たち役者なんです……!」
私が合わせると、
集まっていた人々の熱が一気に
冷めていくのが分かった。
「な~んだ。お芝居か」
「本当のことだと思ってしまったぜ」
するとキースがガタンと椅子を大きく
鳴らして立ち上がった。
「よ、よし。サラ!
舞台稽古の続きをやりに行くぞ!」
キースが私の腕を力強く掴んできた。
「そ、そうね!」
私も勢いよく立ち上がり、
二人で逃げるようにその場を後にした。
掴まれたキースの腕の、
確かな熱を感じながら――




