4-7 強がりの王女
「……え? 今、なんて言ったの?」
マンゴーフルーツをフォークに刺して
口に運んだ。
……うん、フルーティーで美味しい!
「はぁ……だから、俺の父親は
東の大陸にある国の辺境伯を
してるって言ったんだよ」
キースが呆れたようにため息をつきながら、
パスタをクルクルとフォークに巻き付けて
口に入れた。
「ふ~ん……辺境伯ねぇ……」
……え?
「えぇっ!? ヘ、辺境伯!?」
あまりにも思いがけない単語の登場に、
私は酒場だということも忘れて
思わず大きな声を上げてしまった。
すると――
「んぐっ!! んっんんっ……!?」
私の大声に驚いたのか、
キースがパスタを喉に詰まらせたらしく
苦しそうに喉を押さえて白目を剥き始めた。
「きゃあ!! キース!!
しっかりして!」
傍に置いてあったワイングラスに、
これまた傍にあったボトルから
ワインを並々注ぎ込むと、
キースの前に勢いよく差し出した。
「とりあえず飲んで! 流し込むのよ!!」
「うぐっ!」
キースは真っ赤な液体が注がれた
グラスをひったくると、
煽るように一気飲みした。
ゴクゴクと喉を鳴らしてすべて飲み干し、
ようやく人心地がついたのか、
テーブルに手をついて深くため息をついた。
「……はぁ~……し、死ぬかと思った……」
「良かったわねぇ、私に感謝してちょうだい」
私が胸を張ると、
キースはまだ少し苦しそうに
顔をしかめながら、
信じられないものを見るような目を向けた。
「は? もとはと言えば
誰のせいで窒息しかけたと思ってるんだ。
お前のせいだろ!?」
「なっ……!」
「大体なあ! 大きな声で……
その、辺境伯って口にするな!
誰かに聞かれたらどうする!?」
キースはぐっと身を乗り出して顔を寄せると、
周囲を気にするように小声で文句を言ってきた。
「仕方ないじゃない、
だって驚いたのだから」
何しろ辺境伯と言えば、かなりの高位貴族だ。
下手をすれば公爵家と肩を並べるくらいに
権力があるはず。
一国の軍隊にも匹敵するような
私兵団を動かせる、雲の上の存在だ。
それが……。
目の前に座るキースをじっと見つめる。
着古した、よれよれのリネンシャツに身を包み、
庶民的な料理を前にして座っているキースは
どう見てもそこらにいる平民青年……
いや、農夫だ。
「な、何だよ……」
じっと見つめられたのが気まずかったのか、
テーブルの上でユラユラ揺れる蝋燭に
照らされたキースの顔は、
何故か少し赤く見える。
「とても辺境伯の御曹司には見えないわねぇ……」
フッと笑い、
テーブルパンを小さくちぎって口に入れる。
「あ、あのなぁ!! そういうお前だって何だよ!
とてもじゃないが王女に見えないぞ!」
キースはさらに小さな声で、
悔しそうに文句を言ってくる。
「そう。なら、お互い様ということね」
ペーパーナフキンで口元を拭うと、
私は真面目な顔つきになって尋ねた。
「ねぇ、それじゃ聞くけど。
どうしてよその国の辺境伯が海を越えて、
わざわざ他の王国の一般騎士になったの?」
するとキースは、
フォークでフライフィッシュを
ぶっきらぼうに突き刺した。
「……バルディア王国が世界でも
名だたる軍事国家だってことは……
当然知ってるだろう?」
「ええ。もちろんよ」
何しろバルディアの騎士は
『無敵の獅子』と言われている。
今ではバルディアに正面から
攻め入ろうとする国なんて、
どこにもない。
特にララお姉さまが後方支援に
就くようになってからは、尚更だ。
「だから、俺は父親から
『身分を隠してバルディアの騎士として
修業してこい』
って言われて、あの国にやって来たのさ」
復帰したキースは、突き刺した料理を口にした。
「二年修行したら、
国に戻ることになってたんだけど……。
あんなに手配書が回ってたら、
もう父親に俺の話が伝わってるかもな」
ポツリと呟くキース。
その横顔には、
何とも言えない複雑な表情が浮かんでいた。
その話を聞いて、
私の胸に激しい後悔が込み上げてくる。
「……そうだったの」
だったら尚更。
これ以上、キースの未来を
私の都合で壊すわけにはいかない。
「分かったわ、キース」
私は姿勢を正した。
「何が分かったんだ?」
「やっぱり、ここでお別れしましょう。
私はこのまま南へ行く。
キース、あなたはもう自分の国へ
帰った方がいいわ。
元々、あなたは単に私の家出に
巻き込まれただけなんだから」
「は?」
キースが間の抜けた表情になる。
「今までありがとう、キース。
色々あったけど……楽しかったわ」
「お前……一体、何言ってるんだ?」
キースが、
カチャリとフォークを皿の上に置いた。
「私なら大丈夫。分かるでしょ?
こう見えて、私って結構強いんだから。
一人だって平気よ。
何があったって
錬金術をぶっ放せば、私は無敵なんだから」
――だけどもし……。
本当にまたアレス様が襲ってきたら?
私は、まともに対抗できるだろうか。
それにきっとグレイさんやブルーさんだって、
すぐに追ってくるに違いない。
でも……これ以上、
キースを巻き込むわけには……!
俯いたそのとき。
「おい! ふざけるなよ……!」
キースが今までにないくらい険しい目で、
私を睨みつけてきた――




