3-12 嘘つきな掌(てのひら)と赤い顔
部屋に戻るとテーブルの前の椅子に
腰掛け、そのままぼんやりとしていた。
頭の中をぐるぐると巡るのは、
おじさんの「ずっと食堂は営業してたぞ」
という言葉。
あるいは、ララお姉様の得意な幻覚魔法の影。
「なぁ。さっきからどうしたんだ?
何だか様子がおかしいぞ?」
テーブルの上から聞こえた
豆粒サイズのキースの声に、
私はハッと我に返った。
「え? あ、ごめんなさい。
食事だったわよね。はい」
私は慌てて、貰ってきたバゲットサンドを
お皿に乗せてキースの前に置いた。
「……おい」
「何?」
「こんなデカイの、
俺が食べられるはずないだろう!」
言われてキースの皿を見ると、
彼の等身大よりも大きなバゲットサンドが、
デン! と存在をアピールするかのように
鎮座している。
「あ、あら。ごめんなさい。
そうだったわね、お豆さんには
大きすぎたわよね」
「おい! だ・れがお豆さんだ!」
小さな体で地団駄を踏んで抗議するキース。
私はそれを半分無視しながら、
テーブルの上のフォークとナイフを使って、
バゲットを適当な大きさに小さく
切り分けてあげた。
「はい、どうぞ」
今度こそ一口サイズになった具材を
お皿に乗せて、キースの前に置く。
「ん」
キースが小さく頷く。
そんな彼の姿を見つめながら、
私の口から再び大きなため息が漏れた。
「はぁ~……」
あの異様だった食堂の雰囲気。
おじさんの言葉が真実なのか。
私が見たものが真実だったのか。
今となってはさっぱり分からなくなっていた。
幻覚にしては、あまりにリアルな……。
私は手元のバゲットサンドを掴み、
口に放り込んで咀嚼しながら考え続けた。
パクパク……ゴクン。
でも、ララお姉様は幻覚魔法が得意だった。
あの魔法はとても高度で難しく、
バルディアではララお姉様がただ一人、
扱えるとアレス様から聞いたことがある。
アレス様……。
その時――
「おい!! 俺まで食べる気かよ!」
すぐ傍で大きな声が聞こえ、
ハッとなった。
見ると、私の右手にはキースの小さな体が
しっかりと握りしめられている。
「きゃあああ!!」
慌ててキースを手から離す。
「ば、ばか!! 急に手を離すなよ!!」
喚きながらも空中でくるりと身を翻し、
見事な着地を決めるキース。
「おぉ~、すごいわね」
私がパチパチと手を叩くと、
キースがさらに大声で喚いた。
「お前なぁ! 危うく食べられそうになるわ、
テーブルに叩きつけられそうになるわ!
いい加減にしろよ!
これじゃ命がいくつあっても足りないだろ!?」
その言葉に、胸がグッとなる。
そうだ。
この豆粒サイズになってしまった
ひ弱なキースを守らなければと決めたのは、
自分自身だったはずなのに……。
「……ごめんなさい。悪かったわ、
反省してる」
私が心の底から謝罪の言葉を述べると、
キースの怒った顔に、
ふっと戸惑いが浮かんだ。
「い、いや……悪かった。
俺もつい言い過ぎて……
こんな身体になった自分が不甲斐なくて、
つい……」
「キース……」
すると今度は、
キースが真剣な眼差しで私を見上げてきた。
「なぁ、本当は何かあったんだろ?
1人で抱え込むのはやめろよ。
確かに今の俺は全く
頼りにならないかもしれないが……
お、俺たちはもう相棒だろう?」
「相棒?」
「そ、そうだ! 互いにお尋ね者同士で
追われる逃亡者たちなんだからな」
照れ臭いのか、
それともランプの灯りのせいか。
キースの顔が赤く染まっている。
だけど、その言葉が私の頑なだった心に
深く染み入る。
「分かったわ。何があったか、全部話す」
意を決して、
今日この宿で起きた不可解な出来事のすべてを
キースに話し始めた――




