3-11 書き換えられた現実
トン……トン……
緊張しながら階段を下りていくと、
階下が騒がしいことに気付いた。
「え……?」
さっきはあんなに静まり返って
いたのに……?
思わず足を止めると、
キースがポケットの中から声をかけてくる。
「何でこんなところで止まるんだよ。
食事を貰いに行くんだろ?」
「そ、そうね。い、行くわ」
錬金術は使っていないけれど、
先ほどのアレス様との緊迫したやり取りで、
精神的に疲れ切っていた。
ここでエネルギーを補充しておかなければ、
また空腹で意識を失ってしまうかもしれない。
エンドウ豆サイズのキースを守ってあげられるのは、
私しかいないのだから。
私は「飢え」と「責任感」を無理やり
結び付けると、意を決して食堂の扉を開けた。
キィ~……
恐る恐る扉を開け、思わず目を見開いた。
「……え?」
驚いたことに、さっきまで床に倒れて
眠っていたはずのお客さんたちが、
何食わぬ顔で食事をしていたからだ。
しかも、割れて散乱していたはずの
皿もなければ、スープで床が濡れた
形跡すらない。
「そ、んな……どうして……?」
まさかあんな短時間でお客さんが目を覚まして、
食器の片づけを?
ついでに濡れた床も雑巾で拭いて、
ピカピカに綺麗にして……?
ううん! そんなこと、絶対にあるはずがない。
「おい? どうしたんだよ?
何で中に入らないんだ?」
ポケットの中にいるキースが、
焦れた様子で声をかけてくる。
「そ、そうね。入るわ」
異常な違和感を抱きながら食堂へ入っていくと、
ちょうどタイミング良く
宿屋のおじさんが料理の乗ったトレーを手に現れた。
「おや、お嬢さん。どうしたんだい?」
「え!? えっと、あの……食事を……」
踏みつぶして駄目にしてしまったので
貰いに来ました……
とは言い出せず、何と言おうか考えていると
おじさんが笑った。
「なるほど、食事が足りなかったんだな?
お嬢さんは見かけによらず、
よく食べるからなぁ」
ガッハッハッと軽快に笑うおじさん。
「は、はい! そうなんですよ~。
あれだけでは、やっぱり足りませんでした」
「よし、ならまた作ってきてやるから
適当な席に座って待ってな」
「はい……」
私は違和感だらけの店内を歩き、
先ほどと同じ窓際の席に座ると
周囲を見渡した。
そこで、最も大きな違和感の正体に気付く。
それは灯りだ。
先程、アレス様から逃げて食堂に飛び込んだ時。
テーブルに置かれたランプの火だけが頼りで、
室内はすごく暗かった。
でも、今は室内が明るく照らされている。
先程サンドイッチを貰いに来た時と、
まったく同じだ。
「……何も変わってない……」
思わずポツリと呟きが漏れる。
「何が変わってないんだ?」
キースが顔をポケットから覗かせた。
「あ! ちょっと!
勝手に出てきちゃ駄目でしょ!」
慌ててキースをポケットの奥に押し込む。
「ぶはっ! おい! 乱暴にするなよ!
ポケットから顔出すだけでどれくらい
労力がいるのか、お前にはわからないだろ!?」
キースの抗議を半分聞き流しながら、
再び窓の外に目を向けた、その時。
「どうも、待たせたね」
声を掛けられ、振り向くと
おじさんが笑顔で立っていた。
トレーの上にはバゲットサンドが乗っている。
「うわぉ……! これも美味しそうですね!」
料理に目が釘付けになる。
バゲットには卵とハム、
レタスがたっぷり挟まれていた。
「それはそうだろうとも。
何しろ全て自家製だからな。
卵だって飼育している雌鶏が
産んだものを使っている」
「それはすごいですね……」
「さっきのサンドイッチも
うまかっただろう?」
その言葉に、先ほどの事件を思い出して
恐る恐る尋ねてみることにした。
「あの……おじさん、
先ほどは大丈夫でしたか?」
「大丈夫? なんのことだね?」
「いえ、ですからいきなり、その……
何者かの手によって、
おじさんもお客さんたちも
強制的に眠らされてしまったことですよ。
よくすぐに目が覚めましたね」
すると、おじさんは心底不思議そうに
首をかしげた。
「大丈夫かい? お嬢さん。
もしかして夢でも見たのかい?
我々は誰も眠ってないし、
ずっと食堂は営業してたぞ?」
「え……!?」
その言葉に血の気が引く。
ポケットの中のキースも、ピクリと反応した。
「旅の疲れでうたたねでもしてたか?
兄ちゃんも帰ってきてないしなぁ。
それを食べたら今夜はゆっくり休みな」
「は、はい。ありがとうございます……」
笑いながら去っていくおじさん。
けれど私の心臓は早鐘を打ち、
今にも口から飛び出しそうだった。
「……」
テーブルの上で組んでいた手が小刻みに震える。
「……おい? どうしたんだ?
部屋に戻らないのか?」
ポケットからキースが声をかけてきた。
「え? そ、そうね。食事も貰えたし、
戻りましょう」
立ち上がり、トレーを手にすると
周囲を警戒しながら食堂を出た。
まさか……あれは……?
そんな馬鹿なと思いつつ、
私は頭の中で一つの仮説を立てていた。
その時。
「おい! どこまで行く気だよ!」
キースの声で我に返って顔を上げた。
見ると、自分の部屋の前を通り過ぎてしまっている。
「大丈夫か?
何だかさっきからずっと様子が変だぞ?」
キースがひょこっと顔を出す。
「キース……」
駄目だ、キースには言えない。
だって……。
そこで私は、無理に笑顔を作った。
「アハハハ。お腹が空き過ぎて、
ついボ~ッとしちゃった。
それじゃ部屋に戻って食事にしましょう」
「ああ」
踵を返し、自分の部屋へ戻ると
警戒しながら扉を閉めた――




