3-10 初めて嘘をついた夜
「おい……もう、いい加減に泣き止めよ」
椅子に座って泣きじゃくる私を、
キースが呆れたような、
それでいて心配そうな声で慰めてくる。
「ウッグ……ッエッグ……
だ、だって……っ」
悲しくて涙が止まらない。
まさか初恋の相手に命を狙われて
いたなんて。
それに私に剣を振り下ろそうとした
あの瞬間。
アレス様のあんなに苦しそうな声を
聞くことになるなんて……。
「それでさ、一体何があったんだよ。
いきなり引き出しに放り込まれたから
俺にはさっぱり事情が分らないんだよ」
そう、キースには何があったのか
まるで分かっていない。
アレス様の姿すら見る前に、
私が引き出しに入れたからだ。
アレス様は普通じゃなかった。
あの時、もしアレス様がキースを
見つけていたら……きっと、
真っ先に命を狙ってきたに決まっている。
だけど、今のキースには何も話せない。
こんなエンドウ豆サイズになってしまった
彼を守れるのは、私だけなのだから。
「おい、黙ってないで説明してくれよ」
キースが再び尋ねてくる。
「それは……夕食のサンドイッチを
踏みつぶしてしまったからよ!」
「……は?」
キースの動きが止まる。
その豆粒のような目が、
信じられないものを見るかのように
点になった。
「サンドイッチ? お前、そんなことで
引き出しに手をかけるほど取り乱して、
おまけに椅子に座ってまで号泣してたのか?」
「そうよ! だって、すごく楽しみに
してたんだもの!
お腹も空いてたし、あんなに美味しそうだったのに……
ぐすっ、もう食べられないなんて
悲しすぎるじゃない!」
あえて大げさに泣き真似をしながら、
顔を伏せた。
キースに嘘をつくのは苦しい。
でも、アレス様のあの恐ろしい変貌を
キースに知らせて、
危険にさらすわけにはいかない。
「……たく、お前って奴は……。
食い意地が張ってるのは知ってたが、
そこまでとはな」
キースが呆れたように溜息をつく。
「そ、そうよ……悪い? だって、あ、あんなに
美味しそうなサンドイッチを
踏んづけてしまったのよ?
ショックに決まってるじゃない!」
私はテーブルの上に載っている
サンドイッチを指さした。
そこには無残にも踏みつぶされ、
具材がベチャッと潰れた哀れな姿の
サンドイッチが残されている。
「……」
しかし、キースは無言で私をじっと
見ている。
「な、何よ……」
ゴクリと思わず息を飲む。
「いや、別に。だったら、もう一度食事を
貰いに行ってきたらいいだろう?」
「そ、そうね。行ってくるわ!」
私はゴシゴシと目をこすると席を立った。
一階へ行くのなら今はキースと一緒に行
動しない方がいいかもしれない。
あのアレス様の気配が残る場所に
彼を連れて行くのは……。
「それじゃ、もう一度食事を貰いに
行ってくるわ。
キースはここで待ってて」
「そうだな、俺も行こう」
胡坐をかいて座っていたキースが立ち上がる。
「え!? 嘘でしょう!?」
さっきまでは「絶対に行かない」って
言っていたくせに!?
「何だよっ! その顔は」
「え? だ、だってさっきは
一緒に行きたくないって……」
「気が変わったんだよ。
変なのが襲ってきたら大変だろ?」
「え!?」
変なのって……まさかアレス様のこと!?
「何驚いてるんだよ。」
お前の方からさっき言ったんだろ?
猫に連れ去られて食べられちゃうかも
しれないって」
「あ……うん、そうね。
そうだったわね。なら、行きましょうか」
「おう」
キースは小さな両手を差し出してきた。
「何? それ」
「だ、だから! は、早く俺を
ポケットに入れてくれよ!」
真っ赤な顔でそっぽを向くキース。
その姿が妙に可愛く見えた。
「フフッ。はいはい、
入れてあげるわよ」
私はキースのマントをつまんで持ち上げた。
「お、おい!? マントを持つのはやめろよ!
破れたらどうするんだよ!」
空中でじたばたするキース。
「あぁ、ほら、暴れないの。
破けちゃうでしょ」
「!」
すると、ピンと背筋を伸ばして
固まるキース。
試しに自分の錬金術の力で「元に戻れ」と
念じてみるも、やはり変化はない。
ララお姉様の保護魔法がかかっているせいで、
私の術が無効にされているのかもしれない。
「おい! 何やってんだよ!
早くポケットに入れてくれ!」
「あ、ああ、ごめんなさい」
キースをポケットに滑り込ませると、
再び階下へと降りて行った――




