3-8 虚ろな剣光と冷たい再会
トントントン……。
サンドイッチの乗ったトレーを手に、
軽やかな足取りで階段を昇ると
部屋の扉を開けた。
――ガチャッ
すると月明かりを背に、
フードを目深にかぶったマント姿の人物が
待ち構えていたかのように立っていた。
「きゃあ! だ、誰!?」
らしくもない、悲鳴が出る。
「な、なんだなんだ!?」
私の悲鳴を聞いた、キースがポケットから
顔を出そうとする。
(いけない! 見つかっちゃう!)
咄嗟にキースを掴むと、
傍らの収納棚の引き出しを開けた。
「お、おい!? 何す……!」
喚くキースを中へ押し込み、
私は間髪入れずに引き出しを閉めた。
咄嗟にこんな真似をしたのは、
相手から異様な雰囲気を感じ取ったからだ。
恐ろしい力を秘めているようで、
それでいて、どこか懐かしいような。
マント姿の人物は大柄で、
小柄な私にとっては見上げるよう。
けれど、その佇まいはどこか見覚えがある。
まさか……?
「ア、アレス……様?」
恐る恐る声をかけると、
その人物はフードに手をかけ、
ゆっくりと外した。
「……!」
現れた顔を見て、思わず目を見開く。
やはり、その人物はアレス様だった。
けれど私をじっと見つめる姿は、
以前とはまるで雰囲気が違う。
いつもなら、優しい笑顔を向けてくれるのに。
今は感情すら読み取れない。
私は一縷の望みを託して、震え声で尋ねた。
「あ、あの……アレス様……?
も、もしかして、私を迎えに……?」
けれどアレス様は固く口を閉ざしたまま、
どこか虚ろな瞳でこちらを見つめるばかり。
「そ、そうですよね。違いますよね? アハハハ……」
笑って誤魔化しながらも、
胸の中は悲しみと緊張で一杯だった。
迎えに来たのでなければ、なぜここに?
まさか……。
いやな考えが脳裏をよぎる。
「あ、あの~……ま、まさかとは思いますが、私の命を狙って、なんてことは……?」
すると、アレス様が初めて動いた。
ゆったりとした動きで、腰に差した剣の柄に触れる。
(え? う、嘘よね!?)
チャキッ!
金属が触れ合う冷たい音が鳴り、
引き抜かれた剣が、部屋の灯りに反射して鈍く光った。
「!」
考えるより先に身体が動いていた。
山盛りのサンドイッチが乗ったトレーを
アレス様めがけて投げつる。
「っ!」
ひるんだ隙に、腰の麻袋から錬金術で作り上げた
煙球を投げつける。
「えいっ!」
ボンッ! という派手な音とともに、
室内が真っ白な煙で充満する。
「ゴホッ! ゴホッ!」
真っ白な煙の中でむせるアレス様の声を背に、
私は一目添に部屋を飛び出した。
食べ物を投げつけてごめんなさい!
おじさん!
アレス様!
ハッ、ハッ、と短い呼吸を繰り返しながら
階段を駆け下りる。
外へ続く食堂へ駆け込んだところで、
私の足は凍りついた。
「う、嘘……?」
そこには、さっきまで賑やかだったお客さんも
優しかったおじさんも、
全員が床に突っ伏して倒れていた。
床には割れた皿が散乱し、
スープがじわりと木の床を濡らしている。
ほんの数分前まで響いていた笑い声も、
食器の触れ合う音も、
もうどこにもなかった。
静かすぎる。
死んだように静まり返った食堂の中で、
ランプの火だけが小さく揺れていた。
「そ、そんな……」
そのとき。
ギシッ
ギシッ……
背後から、床の鳴る音が近づいてくる。
振り向くと、そこには剣を構えた
アレス様が立っていた。
「ア、アレス様……?」
いつもなら制御不能な錬金術を
めちゃくちゃに放って相手の意表を突くのに。
今はショックで思考が追いつかず、
指一本動かせない。
アレス様はゆっくりとした足取りで
近づいてくると、容赦なく剣を構え直した。
目の前の光景が、どうしても信じられない。
嘘でしょう?
あのアレス様が私に、笑顔ではなく
殺意のこもった剣を向けてくるなんて――!




