3-7 ポケットの中の騎士様
「おい! 俺は行かないって
言ってるだろう!?
第一、こんな身体でまともに食事が
出来るはずないだろう!?
もし見つかって、サーカスに売られたら
どうするんだよ!」
ポケットの中で
キースがぎゃあぎゃあ喚いでいる。
本気で「見世物小屋行き」を
危惧しているらしい。
「……ほんの冗談のつもりで
言っただけなんだけどな……」
「ぁあ!? 今、なんか言ったか!?」
地獄耳(豆サイズ)を働かせたキースが、
ガラの悪い態度でひょこっと顔を出してきた。
「ちょっと、顔出したらだめでしょ!
いくら私達しか宿泊客がいなくても、
どこで誰に見られてるか
分からないじゃない!」
私は、再びグイッとポケットの奥へ
キースを押し込んだ。
「お、おい! 何するんだよ!
暗いし狭いし、なんかお菓子のクズが
当たって痛いぞ!」
「しっ! 静かに! 今から食堂に
行くんだから!」
小声でキースを黙らせると、
私は平静を装って階下へ向かった。
****
食堂には十人ほどのお客がいて、
賑やかに食事を楽しんでいた。
「クンクン……いい香りね~」
店内には、私を誘惑してやまない
お肉の焼ける匂いや、食欲をそそる
スパイシーな香りが漂っている。
「ん? お嬢さんじゃないか。
食事に来たのかい?」
店の奥から、
宿のおじさんが大皿を運んできた。
「はい、そうです。でも……
今夜は部屋でいただきます」
「おや? そうかい?
そういえば連れの兄ちゃん、
まだ戻ってきてないんだろう?」
「ええ、そうですね。
でも、そういう人なので大丈夫です」
そういう人とは、一体どういう人なのか。
自分でも意味不明なまま笑顔で答えた。
「なるほどなぁ。それなら確かに
部屋で食った方がいい。
お嬢さんみたいに可愛らしい客が
一人で座ってたら、そのへんのガラの
悪い奴らに声をかけられてしまうかも
しれないからな。
それじゃ宿泊客用の料理を持ってくるよ」
おじさんはガッハハハと豪快に笑い、
去って行った。
そこで料理が出来るまで、
窓際の席へ移動して待つことにした。
ここ『ホエー』村はド田舎なので、
街灯がない。
ポツンポツンと点在する家の灯りと
月灯りだけが頼りだ。
「本当に外は真っ暗ね~」
ポツリと呟くと、
ポケットから不満げな声が聞こえてきた。
「あのなぁ、ポケットの中だって
真っ暗だぞ。
それにずっと入ってると息苦しいんだよ!
早く部屋に戻ろう!」
「あのねぇ、
肝心の料理を手に入れていないのに、
戻れるはずないで……え?」
窓の外。
大きな木の下で、マントを羽織った人物が
こちらをじっと見つめていることに気付いた。
距離があるうえに暗闇のせいで、
顔までは確認できない。
けれど——
「……アレス様?」
名前が、無意識にこぼれ落ちた。
どのような人物かも分からないのに、
なぜかそう見えてしまった。
5年間、ずっと物陰から彼を盗み見てきた
私だけの妙な確信。
「まさか……ね」
「おい? 何がまさかなんだ?」
ヒョコっとキースが顔を覗かせる。
「ちょっと! 何やってるの!
誰かに見られたらどうするのよ!」
私は小声で注意し、
再び手のひらでグイッとキースを押し込んだ。
「ってーな! 何すんだよ!」
「しっ! おじさんが来たわ!」
ポケットの中が、瞬時に静まり返る。
「やぁ、お嬢さん。お待たせ!
部屋に運びやすいように
サンドイッチにしてやったよ。
ホエー産の具材をたっぷり
挟んであるからな」
トレーには、具材がはち切れんばかりの
大振りなサンドイッチが山盛りになっていた。
このおじさん、
私の食べっぷりを熟知してらっしゃるわ。
「素敵! ありがとうございます!」
おじさんが笑顔で去っていくと、
私はすぐにポケットへ声をかけた。
「それじゃキース、戻るわよ」
「あぁ、早く行こうぜ」
不貞腐れた返事を聞きながら、
私は何気なく窓の外へ視線を移した。
すると、先ほどの人物の姿は
跡形もなく消えていた。
「……いない?」
「おい、どうした? 早くしろよ」
「そ、そうね。戻りましょう」
トレーを手に、私は食堂を後にした。
理由の分からない胸のざわつきを、
死に抑え込みながら——




