Side ララ 怪しい光
――バルディア城。
東翼三階にある魔術研究室。
広い室内の壁面には天井まで届く
書棚が並び、魔術書や研究資料が
収められていた。
大きく開放的な窓からは中庭の景色が
一望でき、騎士たちが訓練する姿も
見えた。
そして窓際に寄せた作業台の前に、
第一王女――ララ・ド・バルディアの姿が
あった。
彼女の前には色とりどりの薬瓶や魔術道具が
置かれ一心不乱に薬剤の調合を行っていた。
――そのとき。
ピピピと鳥のさえずりが室内に響き、
ララは顔を上げた。
すると、ピンクの小鳥がパサパサと
軽い羽音を立てて、テーブルの上に降り立つ。
「まぁ、お帰りなさい、
オキア。ご苦労様」
ララは作業台に置かれた瓶の蓋を手に取った。
中身は黄色い粉末だ。
それを小皿に開けると、
小鳥はすぐについばみ始めた。
「フフ……美味しい? 今までご苦労様」
ララは小鳥の背中を指でそっと撫でた。
「……それじゃ記憶を読ませてもらうわね」
ララは小鳥の頭に指を乗せると目を閉じた。
すると脳内に、サラとキースの映像が
流れ込んでくる。
日傘を使って窓から脱出するサラ。
悪党たちの前にキースが現れ、
そこをサラが錬金術を使って逃げ出す場面。
いとも簡単に石をドラゴナイトに変える錬金術。
日傘から雷を放って追手を撃退する場面。
そして最後は――
キースを黒装束の男たちともども
爆風で湖に吹き飛ばす場面まで。
すべてを見終えたララは目を開けた。
「……やっぱり足取りが消えたと思ったら、
あの店で髪飾りを売っていたのね……。
それにしても、あの子があんなに
錬金術の腕を上げていたなんて……」
ポツリと呟いたとき。
――コンコン
室内にノック音が響き渡る。
「誰?」
扉に向かって声をかけると
返事が聞こえた。
『俺です、アレスです』
「アレス? 入って」
扉が開き、アレスが姿を現す。
「ララ様、
やはりこちらにいらしたのですね?」
「ええ。いつものように魔術の研究を少しね。
ごめんなさい。
中々騎士団に顔を見せることができなくて」
アレスはララに歩み寄ると首を振る。
「いえ、そのようなお気遣いは無用です。
ララ様がお忙しいことは
騎士団全員わかっております。
何しろ、サラ様が……
護衛騎士のキースと駆け落ちをして
しまったのですから……」
アレスが言葉を詰まらせる。
「ええ、そうね。
私は……てっきり、サラはあなたに
好意を寄せていると思っていたから。
それに、あなたも……」
するとアレスは慌てる。
「い、いえ。
私が愛しているお方は、ララ様。
ただお一人ですから。
そのことは誰よりもララ様が
一番ご存知なのでは?
それにサラ様とて、
私を一人の男としてではなく、
恐らく兄のような目で
見ていただけだと思っています」
「アレス……」
その時。
――バンッ!
乱暴に扉が開かれ、
怒りの形相を浮かべたバルディア王が現れた。
「お父様!」
アレスは慌ててララから離れると片膝をつく。
「フン! アレス、また性懲りもなく
ララの元へ来ていたか」
国王が一瞥すると、
アレスの身体がピクリと動く。
「お父様、そんなに慌てて
一体どうなさったのです?」
すると国王はズカズカとララに近づき、
右手を振り上げた。
次の瞬間――
――パンッ!
鋭い音が室内に響き渡った。
「あっ!」
頬を叩かれたララが、はずみで倒れそうになる。
「ララ様!」
アレスは素早く立ち上がり、
ララの身体を支えると訴えた。
「陛下! ララ様に何ということを
されるのですか!?」
「黙れアレス!
もとはと言えば、お前がサラの心を
つなぎとめていなかったから、
どこの馬の骨とも知らぬ若造騎士に
愛娘を奪われてしまったのではないか!
何のために魔道精力剤を渡したと思っている!」
「陛下、いくら陛下の御命令でも、
それだけはできません。
私が心から慕うお方はララ様。
それにサラ様は、
まだ成人年齢には達して
いないではありませんか!」
「……何だと、貴様……
国王である私に逆らうと言うのか……?」
国王が鋭い眼差しを向ける。
「お待ちください! お父様!」
そこへ左頬を赤くしたたララが
両手を広げて国王の前に立ちふさがった。
「アレスは何も悪くはありません。
どうかお許しください」
「! ララ様……!」
すると国王は更に険しい表情になる。
「そうだ。ララ。お前が全て悪い。
金を生み出すことも出来ぬ、
この落ちこぼれめ!」
落ちこぼれと言われて、
ララの肩がピクリと跳ねる。
「大体ララ! その有様は何だ!
魔術を操ることができるくせに、
何故いまだにサラの行方がわからぬのだ!?
お前の情報は、本当に合っているのか!
もう何人騎士を派遣したと思っている!」
「お父様、それは……」
しかしララの言葉を最後まで聞くことなく、
国王は吠えた。
「もうよい!
お前のような不出来な娘に
サラの行方を追わせたのが間違いだった!
もうお前には頼まぬ!」
そして国王はアレスを睨みつけた。
「良いか、アレス。
お前の相手はサラだ。
遊びで相手にするには構わんが、
ララとの結婚は絶対に認めぬからな!」
吐き捨てるように言うと、
最後にララを一瞥して
大股で部屋を出て行った。
――バタン!
乱暴に扉が閉まると、
アレスはすぐにララに向き直る。
「ララ様。大丈夫でしょうか?
あぁ……なんということだ。
こんなに頬が腫れて……」
アレスはララの赤く腫れた頬に
そっと触れる。
「フフ、ありがとう。アレス。
これくらいなんともないわ」
笑みを浮かべるララ。
「ですが……陛下はあまりにも
ララ様に冷たすぎます」
「仕方ないわよ。
だって私にはサラのような
錬金術は使えないのだから」
「ですが、同じ娘であるのに……」
「同じ娘?」
ララがピクリと反応する。
「ララ様? どうなさいましたか?」
「い、いえ。何でもないわ。
だけど、アレス……」
ララはそっとアレスの逞しい胸元に触れる。
「もう、私に関わらない方がいいわ。
見ての通り、お父様は絶対に
私とアレスの仲を認めて下さることは
ないのだから」
すると――
「何を仰られるのですか、ララ様!」
アレスが強くララを抱きしめる。
「私が愛するのも、忠誠を誓うのも……
陛下ではありません。
ララ様だけです。
愛しております、ララ様」
「ありがとう、アレス」
ララはそっとアレスの背中に手を回す。
瞳に、怪しい光を宿しながら――




