2-3 「お願いします! どうかベッドで寝かせてください!」 媚びるキースと拒否する王女
私たちは、スパイシーな香りが
充満する食堂で肉料理を囲んでいた。
「う~ん、美味しい!
やっぱりパリッパリな鶏皮は最高ね!」
至福の表情で頬張る私の向かい側で、
キースが眉をひそめてこちらを見ている。
「……一体、何皿目ですか?
見ているこっちが胸焼けしてくる……」
「う~ん、そうねぇ……七皿目?
それとも八皿目だったかしら?」
「うげぇ……」
コーヒーを飲みながら、
キースは苦々しい表情を浮かべた。
「そういうキースはもう食べないの?」
「当然でしょう。
こちらだって三皿で十分ですよ。
それにしてもよく食べますね。
今に子豚になりますよ?」
「はぁ!? 子豚ですって!?
私のどこが子豚なのよ!」
「今になりますよ、と言っただけでしょう?
それより今夜の宿はどうするんです。
そろそろ決めておかないと」
キースが店内の時計をチラリと見る。
「あら、別に決めなくていいじゃない。
今夜は野宿するのだから」
「……冗談ですよね?」
カチャリ、とキースがコーヒーカップを
置いた。
「冗談なんかじゃないわよ。
今夜は野宿。そう決めてるから」
私はフォークに刺した肉を口に運ぶ。
う~ん、美味!
するとキースが喚きだした。
「冗談じゃありません!
なぜ野宿しなくちゃならないんです!
こっちは昨夜から一睡もしてないんですよ!
ベッドの上で寝たいんですよ!」
「宿泊代がもったいないじゃない。
荷馬車で寝ればいいのだから。
その分、食費に回せるでしょ?」
「嫌ですよ! 頼みます!
この通り! どうかベッドで寝かせてください!
お願いします!」
テーブルに頭を擦り付けるキース。
すると、周囲の客たちがコソコソと話し始めた。
「……おい、見てみろよ。
あの男、ベッドに入れろって頼んでるぞ」
「あの女の子、まだ未成年じゃないのか?
よく堂々と頼めるなぁ……」
「しかも騎士みたいだし……
恥ずかしくないのか?」
その言葉にキースの耳がピクリと動き、
ガバッと顔を上げた。
「あ~あ……どうする? キース。
紛らわしいこと言うから、
周囲に誤解されてるみたいよ?」
「な、な……じょ、冗談じゃない!
早く出ましょう! 今すぐ!」
キースは立ち上がると、
私の腕をむんずと掴んだ。
「え? 嫌よ!
まだお肉が残ってるのに!」
「もう十分食べたでしょう!
ほら、出ますよ!」
「ああ! 私のお肉が――!」
こうして私たちは周囲の注目を浴びながら、
嵐のように店内を後にした。
……私たちを監視する人物が、
すぐ近くに潜んでいることにも気づかずに――
****
――二十三時。
「あ~、気持ちよかった」
入浴を終え、寝間着に着替えた私は、
部屋の明かりを消すとベッドに潜り込んだ。
いつも使っていた天蓋付きの
ゴージャスなベッドではないけれど、
私は十分に満足していた。
「……全く、あんなに泣きつかれるとは
思わなかったわ」
先ほどの光景を思い出す。
あの後、食堂を出るなりキースは土下座までして
「どうか今夜は宿屋のベッドで眠らせてください」
と半泣きで頼んできたのだ。
私だって、そこまで鬼じゃない。
そこでキースの要求を呑んであげることに
したのだが……。
「まぁ、ベッドで寝るのも悪くないわね。
ふわぁ~……眠い……」
今日は一日で色々な出来事があったのだから
無理もない。
「……おやすみなさい、アレス様」
もう婚約者ではいられないけれど。
せめて、愛しいアレス様の夢を
見ることができますように……。
祈りながら私はそっと目を閉じた。
自分たちのせいで、
あの店が襲われたことを知らないまま――




