2-1 活気の街ルディアと王女の食欲
ガタガタと激しく揺れる馬車の荷台で、
私は必死に木枠を掴んでいた。
茜色に輝いていた空は、
徐々に紫から濃紺へと
美しいグラデーションを描きながら
溶け合っていく。
そんな叙情的な風景を
じっくり楽しみたいところだけれど、
今の私にはそれどころではない
切実な問題があった。
「……姫、ルディアの町が見えてきましたよ」
キースの疲れ切った声とともに、
視界の先に巨大な石造りの正門が姿を現した。
ここ「ルディア」は、王都から最も近い隣町。
王都の恩恵により、町全体が活気に満ちている。
王宮に勤める貴族たちの別邸も多く、
街道沿いに軒を連ねる建物はどれも立派だ。
一流のサービスを誇る高級宿から、
旅人のための簡易宿泊所までがひしめき合う、
賑やかな宿場町でもある。
門をくぐり、石畳にガラガラと車輪の音が
響き始めたその瞬間、荷台から身を乗り出す。
「まずは夕食よ! キース!!」
キースの背中に向かって、
街中に響き渡るような声で叫んだ。
私の胃袋は、
もうとっくに限界を超えていた。
手持ちの食料は全て底をついている。
このままではいつ倒れてしまうか分からない。
「あ~もう!……わかってますよ。
そんなに大声で叫ばなくたって」
キースが肩を落として振り返る。
その顔には、
先ほどの暴走馬車の恐怖と空腹。
そして睡眠不足が蓄積しているのだろう。
疲労が色濃く刻まれていた。
「ここは貴族も多い街なんでしょう?
なら美味しいお店もたくさんあるはずだわ!
妥協は許さないからね!」
「……ですが、その前に問題があります。
お金はどうするんです?
馬車と食料を手に入れたせいで、
今の俺たちは無一文なんですよ?」
御者台に移動するとキースの隣に腰を下ろし、
含み笑いをした。
「ふっふっふっ……」
「な、なんです? ついに空腹が限界にきて
頭がイカレてしまったんですか!?」
キースが大げさに震える。
「失礼ね。確かに究極に飢えてはいるけど、
あいにく頭は正常よ。
ほら、これを見てちょうだい!」
ポケットに手を突っ込むと、
キースの顔色が変わった。
「ば、ばか!
まさか、『あれ』を出すつもりか!?
よ、よせ! はやまるな!」
どうもキースは慌てると、
さらに口調が悪くなるようだ。
「ほら!」
「よせー!」
叫び声を無視して、手を開いた。
「……え?」
キースの目が見開かれる。
私の手のひらには、
真珠サイズのきらめく赤いクリスタルが
十粒ほど乗っていた。
「……あの、これは……?」
キースがクリスタルと私を交互に見つめる。
「だから、さっきのドラゴ……なんとか?
をクリスタルに変えたのよ」
「何ですって!?
そんなことが可能なんですか!?」
余程驚いたのか、
キースの目が1.5倍ほどに見開かれる。
「ええ、勿論。だから余計にお腹空いたのよ~
もう限界」
すると
キースの肩がプルプルと震え始めた。
「どうしたの? キース」
「ふ……ふざけないでください!」
突然、大声で吠えた。
「ど、どうしたのよ?」
「ここまで来るのに、
俺がどれだけビクビクしてたか分かりますか!?
いいですか?
あの宝石は『ドラゴナイト』と言って、
生きたドラゴンの額に埋まっている
宝石なんです。
取り出すにはドラゴンを仕留めないとならない、
それだけ貴重な宝石なんですよ!
一個あれば国を丸ごと買えると言われています!」
「ええ!? 嘘でしょう!?」
そんな話、初耳だ。
「嘘なんかついてどうするんですか。
だけど、仲間意識が強いドラゴンの恨みを
買ったせいで、過去には国が滅んでしまった
歴史だってあるんですよ!
それを、たかがあんな石ころを使って
錬金術で作り出すなんて……」
キースが肩で大きく息をする。
「……陛下がララ姫ではなく、
サラ姫を溺愛するわけだ……」
「どうかしたの? キース?」
何だか様子がおかしい。
一体どうしたのだろう?
するとキースが顔を上げた。
「まぁいいです。
それで、どこへ行きたいのでしたっけ?」
「やっぱりお肉! お肉料理の店よ!
まずは体力つけなくちゃ!」
「はいはい、それじゃまずは
そのクリスタルを買い取ってもらってからに
しましょう」
そうだった、まずは換金しないと。
「う~仕方ないわね。
なら、さっそくギルドへ行きましょう」
「ギルドへはもう行きませんからね!
とりあえず、宝石店を探しますよ。
ところで……誰かに見られていないよな?」
キースがキョロキョロ周囲を伺う。
「本当にキースは用心深いわね~」
「誰かさんの、おもりをしないと
ならないからですよ。
全く……能天気な姫だ」
「誰が能天気よ。
そんなことより、早く食事をしないと
私倒れるわよ?」
「ひ! わ、分かりましたよ!
急げばいいんでしょう? 急げば!」
こうして私たちは、
食べ物の匂いが充満する町中を荷馬車で進んだ――




