28 どうしてもイラッとするんだよね、アデルの言い方
1時間目の授業が終わった。制服は予想を裏切り、まだそこはかとなく湿っていて気持ち悪い。
白いカーテンを少しだけずらし、窓を開けて風が入るように調整していたのだけれど、乾かなかったのだ。仕方が無い。
スカート部分を摘まみ軽く上下に動かして乾かしたいが、エリエルが、というかご令嬢がそんなことする訳ないので我慢する。
うーん、やっぱりちょっと太もも辺りが冷たくて気持ち悪い。
濡れた部分を手で少し浮かしていると、突然手とスカートに影が差した。
「マーリアノルト様、先程は本当にすみませんでした。制服、まだ乾いてないですよね……本当にすみません」
金色の髪を勢い良く揺らしながら、ミズキが1段下の席から頭を下げたのだ。顔は下を向いているので見えないが、何となく泣きそうになっているんだろう。スカートを掴む手を固く握りしめたミズキは、少しだけ震えていた。私の気にしなくて良いという言葉はどれだけ信用されていないのか。少し悲しくなるのだけれど。
「ミズキさん、頭を上げて下さるかしら。私は全く、露程にも気にしておりませんわ。それに、わざとではなかったのでしょう? だから、ほら、頭に血が上る前に早く上げてくださる?」
なるべく明るい声になるように努める。いつもより高めの声で、安心させる為にゆっけりとした言葉を心掛けたつもりだ。
「あの、ありがとうございます」
にこりと微笑み、問題ないと言外に告げる。ようやく顔を上げたミズキの目には涙が溜まっていた。泣きそうというかもうほぼ泣いてるな。
そんな姿が愛らしく、庇護欲をそそるのはミズキがヒロインだからだろうか。潤んだこの青色の瞳に見詰められたら、それは攻略対象達もぐっとくるだろう。ルドア王子に見せて惚れさせたい。
……折角だからルドア王子を呼んでみようか。
「魔力暴走で助けていただいたり、落とした鞄を拾っていただいたり、今回のことも許していただいて……本当に、本当にありがとうございます!」
少し意識が他に向いている間にミズキは何を思ったのか、昔のことも掘り下げて纏めて感謝を述べてきた。私からしたら最早そんなこともあったなーレベルなので、反応に困ってしまう。一瞬固まってしまった私は、サリアとタリアに背中を軽く押されて我に返った。何か言わなければならないのは分かるが、咄嗟に言葉が出て来ない。ご令嬢的には、ここはどういたしまして、でいいのだろうか。
「ええっと」
「素直に感謝も受け取れないのか」
思わず口ごもると、下から上がってきたアデルが何の温度も感じさせない無表情で私に声をかけてきた。喧嘩腰なのはどういうことなのか。反射的に口を開こうとするサリアとタリアを止め、アデルに向き直る。
「どういうことかしら?」
「どういたしまして、とでも言えば終わる話だということだ。それよりも、愛しのルドア王太子殿下がお呼びだが行かなくて良いのか」
「え?」
アデルが、愛しの、と言う部分を馬鹿にするように強調して言ったのはわざとなんだろうな。それ最悪ルドア王子への不敬と見なされかねないので辞めた方が良いと思う。腹立つから言わないけど。
アデルは、冷ややかな目でルドア王子の方を視線で示す。その視線の先を追うと、立ち上がり、右手をあげてにこやかに笑うルドア王子が居た。
その後ろで、ルドア王子と同じようににこにこと笑うカイルの口が早く来い、と動いた気がする。気のせいだろうか。
「本当ね。ありがとう、アデル。ミズキさん、ルドア様に呼ばれて」たようなので失礼するわ。本当に今回のことも、今までのことも気にするようなことではないわ。そんなことよりも、早く学園に慣れると良いわ」
呼ばれたのならば仕方が無い。アデルに一応感謝の言葉を贈り、ミズキには気にしないよう言っておく。出来ればミズキが本当に気にしていないかをしっかり確認したかったのだけれど。残りの時間を考えるとゆっくりとはしていられない。重たい腰を上げ、右隣のサリアに退いてもらってルドア王子の方へと向かう。机1脚分向こうに行くだけなので、サリアとタリアにはこの場で待ってて貰った。一々着いていくのって、面倒だろうしね。
さて、一体私はルドア王子に何を言われるのだろうか。声が聞こえない位置にルドア王子達は居たので、虐めていると勘違いされてもおかしくはない。何を言われても良いよう心の準備をしておこう。




