いちばん
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい!」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい」
アマンダは、戸口の前で手を振るアリアとそのアリアの一歩後ろでこちらを見つめる双子を認めて歩き出した。
今日は久しぶりにアマンダが集落に降りて患者たちの診察をする日である。最近はアマンダ自身、年の所為か時折、膝の関節がじんじんと痛んで立っていられないことがある。椅子に座ってしばらくやり過ごすと痛みが治まるのだが、日を追うごとにその時間も長くなっているように思う。それを見た孫が眉を下げて心配してくるものだから、仕事の際は痛み止めを作って飲み、気張って働くのがアマンダ流だ。そして、今日も例外ではない。
(個人的には、あいつらの方が心配なんだがね)
普段、診察に向かう際はアリアを助手として連れていく。怪我人を診る時もそうだが、妊婦の出産を助ける時などはよりアリアが居てくれると心強い。アリアはまだ子供だが、アマンダの背中を見て育ったのだ。下手な素人よりは戦力になる。
自分の体調が優れない今、何故アリアを連れていかないのか。ーーそれは、もちろん双子の存在があるからだ。
やっとここでの生活に慣れ、家の手伝いもこなせるようになってきた二人だが、村まで行くのは流石にまだ無理だろうと思う。よって必然的に二人は留守番だ。そして、二人だけを家に残して行くわけにもいかないため、今回はアリアも置いていくことにした。アリアもそれに納得してアマンダを見送ったのだ。
アマンダは真っ直ぐ前を見て、患者の元へ歩き続けた。
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「よっし!洗濯完了」
アリアは家の裏手にある物干し竿の前にいた。洗濯カゴを持ち上げ、ふぅと息を吐いていたら冷たい風がびゅうと吹いた。それが落ち葉をくるくるとアリアの足元で踊らせ空高く舞い上げる。それを目で追って上を見上げるとまばゆい光で頭がチカチカとした。慌てて目を背けてもお陽さまの残像が瞼の裏に残ったまま。目をぐりっと擦ってからまばたきを数回する。干した白いタオルがひらひらと揺れてアリアの視界をいっぱいにした。と思ったら急に目の前が真っ暗になった。
「だーれだ?」
少し高めの男の子の声。それはもちろんーー
「声がウィーで隠してる手がルー!」
「せーかい!」
「せーかい」
ぱっと視界が開けて明るくなる。目の前にはニコニコとしたウィオラと目を細めたルーフスがいた。
「アリアってばすごいね!何回やっても当てちゃうんだもん!」
「はずしたことないよね」
「へへへー、すごいでしょう!」
アリアは腰に手をあてて、えっへんと胸を張った。そうすると双子は無邪気に笑ってアリアの腕に抱きつく。こんな何気無い時間がアリアは大好きだった。
「さて、外は寒いから家の中に入ろっか!」
「うん!」
「うん」
そう言ってアリアと彼女の腕を抱いたままの双子は家の中に入ろうと戸口の方へ歩いた。頭の上を通りすぎる風が三人の髪をなびかせる。
「あ、そういえば、今日のお昼ご飯は何が食べたい?」
家のドアの前まで来たとき、アリアは思い出したように二人に問うた。二人は目を瞬かせ、笑った。
「今日は寒いし、何か温かいものが食べたい!野菜スープとか!ルーはどうおもーー」
ウィオラがふいに口をつぐんだ。どうしたのだろうと思っているとアリアを掴んでいた二人の腕の力が強くなった。不思議に思って、二人に声を掛けようとしたときーーー
「おい」
真後ろから声が聞こえた。びっくりして振り返るとそこには村長の息子のジョージが立っていた。
「な、なんでここにいるのよ。何か用でもあるの?」
「……別に」
そう言ってジョージは顔をしかめた。アリアはまさかジョージがここに来るとは思わず、戸惑いを隠せない。
「……具合が悪いの?おばあちゃんなら他の人の家よ。あなたも知ってるはずだけど……」
「別に、あいつに用があるわけじゃない」
「あ、あいつって!失礼ね!おばあちゃんをそんな風に呼ばないでよ!」
アリアが祖母をあいつ呼ばわりされたため、目を吊り上げるとジョージは若干たじろいて、その後しどろもどろに「……ごめん」と呟いた。
(…ジョージが謝った……)
ジョージが誰かに謝っているところを見たことがないアリアは目を大きくしてジョージを見た。彼が謝るなんて、やっぱりどこか具合が悪いのかしら、と。
視線に気づいたジョージは「何だよ」と言って再び顔をしかめた。
「じゃ、じゃあ他に用事があるの?」
アリアがそう聞くとジョージは突然、真面目な顔をした。
「そいつら、誰?」
ジョージの言う「そいつら」とは双子のことだ。双子は彼のその問いかけと共にすぐさま彼女の背中に隠れた。そして、腕の代わりにアリアの服をぎゅっと掴んだ。
それを見たアリアは眉を少し下げて、そしてジョージに向き直り、はっきりとした口調で言った。
「ルーフスとウィオラ。私の大切な家族よ」
アリアの後ろから静かな息の音が聞こえた。小さな手が少し震えているのをアリアは感じた。
「……ふーん」
ジョージはその後、しばらく無言になった。そして真面目な顔のまま、アリアの後ろにいるであろう二人を見つめた。アリアも黙ってそれを見ていた。ジョージのいつもと違う様子にアリアは内心、びくびくしていた。
がしかし、ジョージは急に何か吹っ切れたようにふんっと鼻を鳴らし、いつもの意地悪げな表情を顔に張り付けた。
「ま、どーでもいいけどな。だが、そこのチビスケどもに言っておくとすれば、アリアは口の悪い陰気くさいやつだから気を付けろってことくらいかな」
「なっ……!あなたなんかに言われなくないわ!」
アリアがそう怒ると、ジョージは「うぁー、鬼ばばぁだ!」と茶化すように叫びながら、集落の方へと走っていった。
アリアは何だったの、と顔を歪めながらジョージの去っていった方向を見やった。
(やっぱりあの人とはできるだけ関わらないようにしよう)
アリアがそんなことを考えていたら、両の手のひらに自分のとは別の体温を感じた。
「……ルー、ウィー 」
アリアは自分の手をきゅっと繋ぐ二人を見た。その顔は少し濡れていた。
「どうしたの?大丈夫?どこか痛いの?」
アリアは泣いている二人を見てぎょっとし、眉を寄せながら二人に視線を合わせるように少し屈んだ。
目からポロポロと涙を流す二人の顔は心なしか笑っているように見えた。
「……なんでもないよ。本当に、、なんでもないんだ」
「だけど、、だけど、…すごく……嬉しいんだ」
ルーフスとウィオラはそう言って、はにかんだ。
ひややかな冬の風は二人の涙をさらって行った。
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「へぇ、あいつが来たのかい」
「えぇ、本当に意味が分からない人だわ」
その後、アマンダは夕日が沈みかけた頃に帰ってきた。ハロルドさんと何やら色々と話し込んでしまったらしい。夕飯を食べながら、アリアは今日あったことを祖母に話した。
「……まぁ、あのバカ息子のことは放っておいていいと思うんだがねぇ…………そうか………」
「何がそうか、なの?」
アリアが訊くと、アマンダは至極真剣な表情で言った。
「ルーフスとウィオラのことさ。ここは集落から外れたところにあるとはいえ、私は医者をやってるし、どうしたって村の連中とそいつらは今日みたいに関わっていかなきゃならなくなる」
「だが、そいつらはちょっとばかし特殊だろう。下手に本当のことを言っても、ここじゃ暮らしにくくなっちまう」
「……本当のことって、二人が獣人だってこと…?」
「あぁ」
アマンダはアリアの両隣に座ってパンを食べていた双子を見つめた。双子も自分たちに視線がいったのを感じて食事の手を止めた。
「だから、あんたら二人は私の……そうだねぇ…………妹の孫ってことで他のやつらには言っておいた方が良いと思うんだが……いいかい?」
アマンダが二人にそう言うと、ルーフスもウィオラも頭を縦に振った。
「ま、私の血縁ってことになれば、村の連中も余計な詮索はしないだろう。あんたらもここに居たいんだったら気を付けるんだよ」
アマンダは何をとは言わなかったが、双子は彼女の言葉に大きく頷いた。アリアは、テーブルの下で双子の手を優しく握った。
その後の夕食は食器の音と咀嚼音だけがよく響いた。
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「おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみ」
アリアは隣の部屋にいるルーフスとウィオラに声を掛けた。アリアのよりは少しだけ小さめなその部屋は双子のものだった。
用が済んだアリアが部屋のドアを閉めようとすると「アリア」と二人から突然、声を掛けられた。
「何?」
アリアがにこりと微笑むと、ルーフスとウィオラがアリアの前まで行き、彼女の手を引いた。
「どうしたの?」
「……今日、一緒に寝よう?」
その破壊力といったら半端じゃない。アリアは二人の可愛さに悶えながら「いいよ」と返す。そうすると二人は花のような笑みを溢した。
ここ最近は部屋も分かれたため、同じところで寝るようなこともなかったが、こうして一緒に寝られるのはとっても嬉しい。にやにやしながら、アリアはルーフスのベッドに入った。そして、双子もその両脇に寝る。シングルベッドだが、子供三人は寝ることができる。
「アリアー」
「んー?」
「好き」
二人はアリアの肩に額をくっつけながら言う。アリアはその温かさに自分の瞼が段々下がっていくのが分かった。
「私も好きだよ」
「どのくらい?」
「……うーん、世界でいちばんかな」
「本当に?」
「うん、ほんとうよ」
「誰よりも?」
「うん、だれよりも」
そこから、アリアの意識は無くなった。
すやすやと眠る彼女を二人は見る。素敵な素敵な赤い目で。
「……私もそれはね、、……」
同じ頃、アマンダの部屋。机の上やその周り、至るところに書類が散乱し、お世辞にも綺麗とは言えない。そんな部屋の中でアマンダは受話器を持って何やら話し込んでいた。
「あぁ、あぁ、わかっているさ。わかっているよ。そんなことくらい」
「あんたに言われなくても……あぁ、そうさ」
「ーー最悪、殺せってことだろう」
「……、あぁ、それじゃあな……おやすみ」
そう言って、アマンダは受話器を下ろした。ふぅと一つ息を吐き出して、大きな革椅子に腰掛けた。部屋の照明が彼女の顔に刻まれた深い皺をありありと照らした。
「……年は取るもんじゃないね」
とってもとっても静かな夜にその呟きは溶けていった。




