大切だから
ひんやりとした空気をまとう朝の森。そのところどころが赤やオレンジにほんのり染まって、ゆらゆらと揺れる。また、上を見上げれば真っ青な空がそれを覆うようにして迫っている。風がひゅるりと吹くと、不思議な香りが鼻を抜けた。
「アリアー!」
アリアは今現在、ルーフスとウィオラと供に森の中にいる。祖母からまた例のごとく薬草を採りに行くよう頼まれていたからだ。
「見て見て!こんなにいっぱい見つけた!」
腕にたくさんの草を抱えたウィオラが笑顔で駆けてくる。黒く細い髪に赤く色づいた葉をいくつかつけた彼は、目をキラキラと輝かせていた。アリアは目を細めて笑顔を返した。
「ありがとう、ウィー。たくさん採れたのね!」
「うん!向こうの方にね、いっぱい生えてるとこを見つけたんだよ!」
だからアリアも一緒に行こうよ、とウィオラは興奮したように話しながら、持っていた薬草をアリアに手渡した。アリアはその草を腰に下げていた袋に入れながら、「ルーが来たら帰ろっか」と声を掛けた。
それを聞いたウィオラは少し呆けた顔をすると、眉を下げた。そして、アリアの手をきゅっと握った。
「草はもういらないの?」
「……うーん、ウィーがこんなに見つけてくれたし、ルーがまた採って来るかもしれないから」
アリアがそう言うとウィオラは目を伏せて、黙ってしまう。アリアはどうしたのだろうと思って、ウィオラの顔を覗き込むようにして彼と目線を合わせ、「ウィー?」と問いかけた。
ウィオラはアリアを握る手を少し強くし、ごくりと唾を飲み込むと彼女の青を見据えた。
「……ぼくってアリアの役に立ってる…?」
「……へ?」
突然の質問にアリアは間の抜けた声を出す。ウィオラはそれに対して更に眉を下げて、けれどもアリアとは目を合わせたまま、再び「…役に立ってる?」と溢した。
瞳がゆるゆると揺れて、長い睫毛が被さる。その間から見える赤紫の光は、ただアリアだけに注がれていた。アリアの胸はぎゅうぎゅうと締め付けられて痛かった。
「立ってるよ」
彼女はウィオラの手を強く握り返してそのまま彼の細い身体を優しく抱き締めた。そして、ふわりと彼に囁いた。
「だって私、ウィーと一緒にいられるだけでとっても嬉しい」
ひゅっと彼の喉が鳴って、アリアの身体に手が伸ばされる。「…ぼくも」と小さい声がアリアの耳に届くと同時にその手に力が込められた。ひゅうと風が二人の髪を撫で、去っていく。
元々、今日の薬草採集はアリアが一人で行くつもりだった。だが、アリアが森へ行くと聞いたルーフスとウィオラが激しくついて行きたがったため、連れて行くことにした。二人はしばらく家の外に出ていないので、正直躊躇われたが。
先程のウィオラはすごく苦しそうだった、とアリアは思った。
ウィオラたちは祖母にこの森に来るまでの経緯を粗方話していた。二人は淡々と「住んでいた村から連れて来られる途中で男に襲われた」と言っていたが誰に、何故連れて来られたのか、や何故男に襲われたのか、といったことは全て「分からない」と言っていた。それに対して祖母は眉間に皺を寄せるだけだった。
また、二人の歳を聞くと、「10歳」という答えが返ってきた。しかし、二人の体型から考えると、6,7歳くらいにしか見えない。私と2歳しか変わらないと思うと驚きだった。
祖母曰く、「獣人の身体の成長はヒトと比べると本当はもっと早い」らしい。ルーフスもウィオラも必要以上のことは何も話さなかったため本当のところは分からないけれど、きっと以前居た場所はあまり良いところではなかったのかもしれない。出会ったばかりの頃、今よりももっと身体が小さく痩せていた二人を思い出すとその考えがどうしても拭えなかった。これが祖母の言う「少しひっかかること」なのではないか。
ウィオラが何故あんなにも辛そうな表情をして、あのように問うたのかアリアには分からなかった。彼の生い立ちがそうさせたのかもしれないし、別の何かが原因なのかもしれない。
けれど、アリアはただウィオラの苦しみが消えれば良いのにと思うだけだった。ひたすらにウィオラとルーフスが大切だった。数ヵ月前にこの森で出会って、その美しい赤に目を奪われた。それから過ごした時間は短いけれど、二人との安らかな日々がアリアを優しく包み込んだ。二人が傍にいると胸が膨らんで身体から自分がポロポロと溢れる。アリアにとっては初めての感覚だった。
だから、アリアは言葉にする。自分の胸の中を二人に全て。それで大切な人が笑うなら。
どれくらい抱き合っていたのだろう。互いの体温や心拍が溶け合うように感じられる。
「……アリア」
ウィオラの吐息が耳に掛かると少しだけ心臓が跳ねた。
「……ん?」
「すき」
大好き、と熱の篭った声がアリアに落とされる。アリアは声にならない声をあげた。内心、発狂寸前だ。
ーーガサ
葉の音がした。
音の方を見ると、両腕に薬草を抱えたルーフスが半目で口を尖らせながらこちらを見ていた。
「……ずるい」
ルーフスはそう言うと、持っていた草を地面に放って、二人に抱きついてきた。手に力を入れ、鼻をすんと鳴らす。
「二人だけずるい」
「う、ごめんね、ルー」
「あはは、ぼくとルーとアリアでラブラブだね」
びゅぅと強く風が吹く。三人の黒髪がひらりと舞った。
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「おい、まだ見つからんのか」
腹の底が冷えるような低い声がこだまする。周りの人間は息を潜めて金髪赤眼の男を見つめた。その美しい顔の造形に非の打ち所はないが、如何せん人形のような無表情が近寄りがたい印象を与えている。ただ、温度のないその表情とは対照的に赤い目がギラギラと鈍く光っていた。
「も、申し訳ございません!我々も全力を尽くして探しているのですが、、恐らく国内にはもういないのかと…」
金髪の男はそう話す自分の部下をじろりと睨むと、つかつかと歩いてそれの目の前に立った。
「探せ」
ひぃっという叫び声を背に男はその場から立ち去った。
冷たい声の男は窓の外から見える青い空に目を細めた。




